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by ritouki

生まれ年の『文藝春秋』

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 今日、台湾大学図書館の密集書庫の中にいたところ『文藝春秋』の文字を発見。探してみたら、なんとありました!私の生まれた昭和52年6月号!日本でもお目に掛かったことがありません。台大図書館にはだいたい昭和40年代後半くらいからのものが保存されているようです。
 大きさも題字も(当たり前ですが)今と全く同じですね。表紙には「新自由クラブ徹底的研究」のタイトル。「新自由クラブ」なんて私にとっては教科書に出てくる政党名でしかありませんが、この時はまさに旬だったんですね。
 目次を開くと、新自由クラブの他に、ソ連特集の記事が目を引きます。日ソ問題、特に領土問題はこの当時から論じられてきたのに、30年以上経った今でもまだ解決出来ていないことがわかります。
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 そして、私も毎月面白く読んでいる「同級生交歓」は、、、ありました!なんとこの頃からすでに連載されていたんですね。でも、、、紙面に登場する人たちはほとんど知りませんでした。確かに企業のトップの方などは、私が生まれた時にトップだったわけで、今では鬼籍に入られている方も少なくないと思われます。
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 それから、車の広告。なんだかデザインがレトロですね。私の子供の頃の写真に出てくる車もみんなこんな形をしていました。ということは、今、巷を走っている車のデザインも30年後には影をひそめていて、今では思いつかないようなデザインの車が全盛を極めていることになるのでしょうか。
 そして驚いたのが、テレビの広告。画像はSONYのものですが、他に松下のものもありました。ちょっと見にくいですが、なんと新機能として「これからはチャンネルをまわさなくてもすみます」とか「離れた所からチャンネルを変えられる機能搭載(リモコンのこと)」とか、いやー懐かしい!私が子供の頃、お茶の間にあったテレビは木枠模様でしたし、お約束で天板にはレースの敷物をかけ、どっかの温泉で買ってきた置物がありました。チャンネルはボタンで変える方式でしたが、リモコンはなかった(壊れていた)ので、寒い冬はコタツの中から体を伸ばして変えたものです。もう一台のほうはチャンネルをまわすタイプ。ガチャガチャまわしすぎると空回りしちゃったりして。私が物心ついた頃から中学生くらいまではお世話になっていたような気がします。それを思うと、昔のテレビは頑丈だったんでしょうか。
 そして極めつけはコレ!カゴメのトマトジュースの広告ですが。この男性は誰でしょう?この角刈りは『西部警察』を思い出させます(小学生のころは夕方の再放送を毎日見てました)。石原軍団の団長、渡哲也さんですね。なぜか台湾で、小さい頃の思い出に浸るとは思いもよらない経験でした。
 ただ、一つ気になるのは、昭和52年といえば、白色テロの時代。日本語の書籍や新聞は持ち込みが厳禁されていた頃です。大学図書館で閲覧するのはOKだったんでしょうか。よく見ると、雑誌の後ろには「鴻儒堂書局」と「95$」というハンコがあります。機会を見つけて調べてみようと思います。
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by ritouki | 2010-12-16 16:42 | イベント