台北事務所の活動をお伝えします


by ritouki

澎湖島へ 4日目 

 3日間、たっぷり堪能した澎湖とも今日でお別れ、、、などと悠長なことは言っていられません。
 午前8時50分、馬公空港発の便で澎湖を離れるため、朝もはよから帰り支度でバタバタです。宿泊した長春ホテルは、スタッフの方々が色々と心遣いしてくれ、快適に過ごせました。これから李登輝学校をはじめ、ちょくちょくお世話になると思いますのでどうぞよろしく。

 ホテルから空港までは、前もってフロントに伝えておけばホテルの車で送ってもらうことが出来ます。この時期はほとんど観光客がいないため、私たちの場合は貸し切り状態、出発までのんびり過ごせました。ただ、送迎希望者が増える夏場などは、他のグループの時間に合わせるために、必ずしもご自分たちの希望の時間通りにならないこともあるでしょうからご注意ください。

 オーナーの郭さん自らがハンドルを握って馬公空港まで。恐れ入ります。。。
 途中、市街地を抜ける際には、シェラトンホテル建設中の看板が。ただ、どう見ても工事が途中でストップしているような気配。尋ねてみると、漁業以外にこれといった産業のない澎湖では、観光は基幹産業。三通も解禁されたことで、中国からの観光客を当て込んだのか、中国資本が入ってきて高級ホテルを建設しようとしたり、カジノ構想があったり、と色々ときな臭い動きが進んでいるようです。

 例えば、カジノ構想について取り上げると、澎湖にカジノを設置するか否かで島の民意が二分し、2年前の2009年9月に住民投票が行われました。結果的に、反対が56.44%で、賛成の43.56%を上回り、カジノ設置構想は否決されましたが、実際の票数だけを見ると、反対17,359票vs賛成13,397票で、その差は4千票ほどしかないのです。有権者数3万人ちょっと、という母体から見れば、4千という数は小さくないかもしれませんが、結果だけをとらえると、将来この数字が逆転してもおかしくない差には感じます。

 この「カジノ設置構想」の発端は、確かに政府主導で行われたものですが、そもそもは、澎湖島を「国際観光リゾートエリア」として発展させるための構想だったわけで、今後、若年世代の流出、漁業の衰退が進み、観光だけに頼る割合が増えてきた場合、澎湖の人々のカジノに対する考え方が変わっていく可能性はあります。もちろん、私個人としてはカジノを設置することによる負の副産物のことをどうしても考えてしまいます。現地の人々の生活や経済情況を顧みず、ただ、のどかで鄙びた、自然に囲まれた澎湖のままでいて欲しい、というのは無責任かもしれません。でも、出来ることであれば、乱開発や建設ラッシュなどに見舞われず、豊かな自然が静かな環境のままで残されている澎湖の方が、私には魅力的に映ります。

 閑話休題。
 馬公空港は台北松山空港をひと回り小さくしたような空港です。
 ところで、皆さん「澎湖」と聞くと、すぐに思い出すのは↓ではありませんか?実は、このダブルハート(中国語では「雙心石滬」)があるのは澎湖本島ではなく、七美島なのです。
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 「澎湖に行けばダブルハートが見られる!」と勘違いされている方も多いのではないでしょうか?(かく言う私もそうでした)
 人間、「無い」と聞くと余計見たくなるもの。今回は天候や日程の関係で断念しましたが、ぜひ夏にはダブルハートを見に行きたいと思います。
 七美島は澎湖県に属する島、と言っても、馬公からは船で行く(所要約1時間)か、飛行機で行く(所要約15分)か。飛行機利用の場合は「徳安航空」という小さなプロペラ機を運営する航空会社の便で出掛けるとのことで、何か時刻表のようなものがないかと航空会社のカウンターを探しましたが見つからない!小さな空港内を2,3度行ったり来たりしてやっと見つけたのは、華信航空のカウンターの一角に、まるで出店のように掲げられた小さな「徳安航空」の看板。しかもまだ開いていません。恐らく、当日の便のチェックイン時にしか人が来ないのでしょう。聞くところによると、一便の定員は20名に満たないそうですから、どれほど小さいな機材で運行されているか推して知るべし、というところでしょう。

 さて、2階の出発ロビーでお土産屋さんを冷やかし、ブラブラしていると搭乗時間となりました。ロビーでチケットをもぎられ、階段で1階へと降りていきます。そして徒歩で飛行機へ。これまた小さい飛行機ですね。背もたれに入っていた「安全のしおり」によると56人乗りのようです。フライト時間はわずか30分、飛び上がったと思ったらあっという間に眼下に台南の田園地帯が見えてきました。こんな短時間でもスチュワーデスさんはドリンク配るんですね。無理しなくてもいいのに。。。
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 これまた何もない台南空港へと到着。あっというまに荷物も受け取り、高鉄駅もしくは台鉄の駅へ行くバスを探してみたものの、案内が見つからず。カウンターにいたお姉さんに聞いてみると、路線バスはあるけど「あと2時間くらい来ない」ということで、タクシーで高鉄駅へ移動することになりました。
 なぜ、台北へ帰らずわざわざ台南経由で?と思われるかもしれませんが、5月の李登輝学校では、8日に台南の烏山頭で行われる八田與一の慰霊祭へ参列し、そのまま台南空港から澎湖へと移動するのです。そのため、逆ルートではあるものの、一応下見ということで台南までやって来たわけです。

 冷たい強風が吹き付けた澎湖と異なり、台南は25度を上回る初夏のような好天。まさに台湾の南部にやって来た、という感じがして来ました。新しく開通した、高鉄台南駅と台南市内を結ぶ「台鉄沙崙支線」にも搭乗。日本時代の駅舎が残されている「保安車站」へ寄り道。田舎の駅前、という形容詞がピッタリの駅前広場の木陰では、ランニング姿のおっちゃんがまだ昼前だというのにビールを飲みながら中国将棋。なんとものどかな風景です。
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 そして、台鉄に揺られること20分ほど。もうここは高雄です。せっかく南へ来たのだから、と「橋仔頭製糖工場」の跡地を下見。三井財閥創設の台湾製糖株式会社が1901年に開いたこちらの工場では、1910年から本格的に砂糖の生産を開始。第二次大戦後もその役割は変わりませんでしたが、国内産の砂糖は次第に輸入品にその座を奪われ、それに伴う生産コスト上昇により、1999年でその役割を終えました。
 現在では、工場の敷地内は整備され、テーマパークとして市民に開放されており、ところどころで結婚写真を撮影している光景にも出くわしました。背の高い椰子の木が整然と並ぶ小道は、台湾大学を彷彿とさせます。
 工場内も自由に見学出来ますが、残念ながら砂糖生産過程の説明が多少ある程度。大人数ならガイドさんの手配もしてくれるようですが、工場内部についてはもう少し整備が必要なようです。
 日本時代から使われていた社屋も、現在では展示館として再利用されています(↓3枚目の写真)。この建物、どこかと酷似していると思いませんか?台北の二二八紀念公園にある「二二八紀念館(日本時代はNHK台北支局)」とそっくりですね。
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 とにもかくにも、これにて下見は終了。時間も迫って来たので、これから新左営へ移動し、高鉄で台北へと戻ります。
 製糖工場の敷地内から駅へ向かう途中、ふと遠くに黄色い絨毯を敷き詰めたような風景が。先日、フリーライターの片倉佳史さんにお目に掛かった際、「玉里(花蓮県)の菜の花畑がキレイだった」と伺っていたので、「もしや菜の花畑では?」と思い、近づいてみると、なんと3月だというのに満開のヒマワリ畑。ここではもう一足先に夏が来てしまったようです。
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by ritouki | 2011-03-05 19:15 | イベント