台北事務所の活動をお伝えします


by ritouki

第15回・日本李登輝学校台湾研修団 3日目

 昨日夕方、台南空港からプロペラ機で澎湖入りした研修団一行。
 今日午前の講義は、いつも経済をテーマにした講義をお願いしている黄天麟先生と「澎湖の生き字引」林麟祥先生にご登場いただいた。実は黄天麟先生は澎湖のお生まれ。しかし、島に中学校がなかったため、台南二中進学。そのため「澎湖島には昔の記憶しかない」のだとか。林先生は澎湖生まれの澎湖育ち。戦後一貫して澎湖県政府に勤務し、県長(県知事)秘書室長も務められました。定年後はラジオ局の社長などを歴任し、現在でも「日本からのお客さんがあると、必ず私が呼ばれる」という澎湖の生き字引的存在です。
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 講義が終わると、黄先生は急いで台湾本島へ戻らなくてはならないためにここでお別れ。澎湖島を巡る野外研修には林先生にご同行をお願いしている。

 野外研修のスタートは「おとり大砲」と呼ばれる西嶼餌砲。コンクリートで作られたハリボテ大砲でうが、上空から見ると大砲に見えます。今も昔も澎湖は要衝の島。現在の澎湖にも軍が駐留して台湾海峡を見守っています。
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 その後、海鮮料理で有名な「清心飲食店」で昼食。その後、火山の隆起によって作られた自然の作品「大菓葉柱状玄武岩」を見学します。今回の参加者には若い女性が目立ちました。
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 その後「西嶼西台」→通梁の巨大ガジュマル→「龍門裡正角日軍上陸紀念碑」の順に見学。
 龍門の日本軍上陸記念碑は戦後、ご多分に漏れず国民党によって表面の碑文が削られ「臺灣光復紀念碑」と刻まれてしまいました。さらに、碑は右側に移され、元の碑の位置には小さな土地公廟が建てられたそうです。
 しかし、民主化の波が押し寄せるとともに自由にものが言える次第となったことで、郷土の歴史改竄に対する抗議の声が地元民からあがり、もともと碑のあったところに本来の碑が復元されました。
 脇の小道を海辺へ下りていくと、右側に土地公(その土地を守る神様)が祀られていました。林さんによれば、これがもともと碑のあったところに祀られていた土地公なのだそうです。こういう情報はさすがにその土地の方でないと分かりません。また、3月に下見に来た際はこの土地公の廟の存在に気付かなかったのでした。
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 続いて林投の日本軍上陸記念碑→「軍艦松島殉職将兵慰霊碑」「フランス軍萬人塚」「オランダ要塞跡」→第一貴賓館→観音亭を見学。そして夜には海辺での花火を楽しみ、盛りだくさんの澎湖研修の夜が更けていきました。
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by ritouki | 2011-05-09 23:52 | イベント