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by ritouki

国籍欄に「台湾」記載 外交部の記事に物申す!

 7月9日、在留カード制度のスタートによって、これまでの外国人登録証では「中国」とされてきた台湾人の国籍欄の記載が、やっと「台湾」に是正されました。林建良先生が言うように「マイナスの状態から、やっとゼロになった」わけで、まだまだ理想には遠いものの、大きな前進といえるでしょう。当日はテレビのニュースでも流れたようです。
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 この「正名運動」は、2001年6月、当時の林建良・在日台湾同郷会会長が外登証の国籍欄改正を求めて「正名運動プロジェクトチーム」を発足したのを嚆矢としています。この「正名運動」は後に台湾にも波及し、民進党政権の時代には中正国際空港が桃園国際空港へ名称変更されるなど、本土化を大きく推進する起爆剤となりました。

 それから12年、日本の外登証改正問題については、本会をはじめ、在日台湾同郷会など多くの団体の協力や、個人の方々の署名、国会議員の方々の国会による質疑などにより、ついに出入国管理法の改正を経て、在留カードの国籍欄に「台湾」と記載されるに至ったのです(正名運動12年間の歩みはこちら)。

 在留カード制度の法的本拠となるのは、2009年7月8日に可決成立した「出入国管理及び難民認定法及び日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の一部を改正する等の法律案=3月6日内閣提出法律案)」。

 改正された出入国管理法(=法律第79号)は可決翌週の7月15日に公布され、3年以内に在留カード制度が施行されることとなっていましたが、それがこの今年7月9日に陽の目を見たということです。

 この外登証改正12年の足跡を振り返ると、スタートしたのが2001年6月ですから、民進党政権発足の約1年後ということになります。そして、出入国管理法が改正されたのが2009年7月、台湾の政権が再び国民党の手に移ってからやはりおよそ1年後のことでした。

 この間、前述のとおり数えきれない方々の有形無形の努力と協力があったことは言うまでもありませんが、特に駐日代表(駐日大使)を務めた羅福全氏(2000年〜2004年)と許世楷氏(2004年〜2008年)のお二人の尽力は特筆すべきものがあります。

 お二人の経歴に共通するのは、台湾独立運動に関わったことでブラックリスト入りし、長年祖国の土を踏むことがかなわなかったこと。そして、羅大使は早稲田大学修士→米ペンシルベニア大学博士を経て国連大学へ、許大使も早稲田大学修士→東京大学博士の後、津田塾大学で長年教鞭を取っており、学問の世界に身をおいていたことです。

 お二人とも大使在任中は、留学、独立運動、学術世界で培った人脈と見識をフルに発揮し、李登輝元総統をして「1972年の断交以来、日台関係は最高の状態」と言わしめました。台湾人観光客のノービザ制度、日台相互の運転免許証承認、5度に亘る李登輝元総統の訪日実現(2001年、2004年、2007年、2008年、2009年)など、日台関係は大きく前進しました。もちろん、今回の在留カード国籍欄への「台湾」記載の実現も、お二人による陰日向の尽力があってこそです。
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 ところが、今般の在留カード制度発足を受け、台湾の外交部が発行する「Taiwan Today(日本語版)」には「前任の馮寄台代表の任期中にようやく、日本の与野党の協力のもと、2009年の入管法の改正に合わせた法的整備が実現した」と記載。あたかも国民党政権の時代になってやっと改正が実現されたかのような書き方です。

 2001年から2009年までの期間、そのほとんどで外登証改正のために努力を続けてきたのは、民進党政権であり、民進党によって派遣された羅福全、許世楷の両大使であり、日台双方の心ある人々なのです。馮寄台氏の貢献がゼロだとは言いませんが、こうした読者をミスリードする記事の書き方は、お膳立てが出来たところを掠め取っていく泥棒猫のようなものです。

 「歴代の駐日代表(駐日大使)もこれを是正するよう日本政府に求めてきたが」といった単なる羅列ではなく、きちんと民進党政権時代の功績を評価して欲しいところですが、“中華民国”外交部には望むべくもないことでしょうか。少なくとも、外登証改正のために署名をして下さった皆さんや、ご協力をいただいた多くの団体の方には、正名運動に成功に本当に貢献したのは誰かを心に留めておいて欲しいと願います。

 【追記】7月12日付の中国情報サイト「サーチナ」の記事にはもっとひどい表現がありました。10日付の台湾紙・聯合報の記事を引用するかたちで「日本に50年間住んでいる76歳の連根藤さんが、9日朝早くに東京都入国管理局に行き手続きをした。(中略)この制度が施行されたのは、5月に台湾に帰った台北駐日経済文化代表処の馮寄台元代表のおかげ」と露骨に国民党のお先棒を担いでいます。ただ、引用元と思われる聯合報の記事を確認すると「歴代の駐日代表が日本政府に改正を求めて努力してきたが、3年前の馮寄台代表の時代に法改正がなされた」と表記されているのみで、「歴代駐日代表が改正を求め、馮寄台代表の時代に改正が実現した」という表現で「馮寄台代表のおかげ」というニュアンスは全く入っていませんでした。
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 サーチナの翻訳によってその意図が改変されていますが、担当者が翻訳する際、故意に自分の主観を入れたか、無知ゆえに翻訳の筆が滑ったか、サーチナの姿勢として故意に国民党に阿る表現にしたかのどれかだと思われます。

 【追々記】その後、サーチナが引用した記事元は聯合報ではなく、中国時報の記事(配信は中央社)だということが判明しました。サーチナの誤記だと思われます。
 連根藤氏による「馮寄台代表のおかげ」という発言は、メディアからの「馮寄台代表のことにも触れてください」という要望に応えた中でのものでした。
 3年前に法改正がなされた際も、馮代表は外登証改正問題について深い関心を持っていたのは確かだったそうで、それを思い出して「馮代表の努力に感謝する」と述べたとのこと。連氏の意図が、記事の内容に反映されていない結果となったようです。詳細は本会メールマガジン第1634号をご参照下さい。
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by ritouki | 2012-07-11 11:22 | イベント