台北事務所の活動をお伝えします


by ritouki

「蘇澳温泉・蘇澳冷泉祭り・サヨンの鐘の地をめぐる」宜蘭ツアー2日目その1

 「蘇澳温泉・蘇澳冷泉祭り・サヨンの鐘の地をめぐる」宜蘭ツアー2日目。

 実は今回のツアーには『植民地台湾の日本女性生活史』(田畑書店)の著者である竹中信子さんにご同行いただいています。竹中さんは湾生、つまり日本時代の台湾生まれ。祖父の竹中信景氏は蘇澳冷泉の開発に尽力したことでご当地蘇澳では広くその名を知られていて、お孫さんである竹中信子さんが訪問するとまるでVIPのような扱いを受けるとか。
b0199170_1036773.jpg

 全員が揃ったところで、蘇澳冷泉へ出発。気温は36度、台北とほとんど変わりありませんが、盆地の上にアスファルトと高層ビルで囲まれた台北に比べると、緑の多い宜蘭はちょっと涼しく感じます。と書いてみたもののやっぱり暑い!

 ちょうど「蘇澳冷泉文化節」というイベントが開かれており、会場では蘇澳鎮の林騰煌・鎮長(郡長)をはじめ多くのスタッフの方々が出迎えてくれました。地元の小学生たちの演奏に耳を傾ける竹中さん。竹中さんの生まれは台北ですが、一歳で蘇澳に移ってから敗戦で内地に引き揚げるまでずっと蘇澳育ち。毎年一度は蘇澳を訪れているそうで、戦後67年を経ても故郷であることに変わりはありません。
b0199170_1036121.jpg

 前述のとおり、竹中さんの祖父、竹中信景氏は「蘇澳冷泉開発の父」として知られています(※)。もともと、冷泉には大量の炭酸が含まれていて、水に落ちた昆虫が死んだりすることから地元の人々には有毒な水として恐れられていました。

 しかし、日本の統治が始まる数年前、軍事行動で台湾を訪れていた竹中信景氏が蘇澳を通過した際、冷泉を飲んでみたところ「元気百倍」になり、この水に深い関心を抱きました。その後、日本の台湾統治が始まると、間もなく竹中氏は蘇澳に定住し、冷泉の研究と開発に着手しました。

 そして、冷泉には毒性がなく、皮膚病や胃腸の病気に効能があることだけでなく、ラムネの材料として使えることも発見しました。竹中氏は私財を投じて工場を建設し、ラムネやサイダーの製造を大々的に展開、台北や花蓮港にまで販売していることを伝える記事が大正9年4月22日付の台湾日日新報漢文版に掲載されています。ラムネの製造販売は戦後も続いたようですが、現在では地元名物として細々と製造されているにすぎないようです。
b0199170_10521539.jpg

b0199170_19292910.png

 竹中氏の研究により、冷泉が温泉と同じように身体に良い効能があることが分かると、冷泉の開発も進み、現在の冷泉公園の前身も作られていきました。

 冷泉を見下ろせる場所に「冷泉先駆者紀年」の碑と、その経緯を記した石碑が置かれています。近くの道は「冷泉路」と名付けられ、時代は移り変われど、冷泉が地元の人々に愛されていることに変わりはないようです。
b0199170_12133117.jpg

b0199170_10361442.jpg

b0199170_10361882.jpg

 ※竹中信景氏が「冷泉を発見した」と記述されている資料もありますが、冷泉そのものの存在はすでに地元の人々に知られており、冷泉の研究および開発を推進した先駆者という表現の方が真実に近いと思われます。
[PR]
by ritouki | 2012-07-14 23:50 | イベント