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by ritouki

「蘇澳温泉・蘇澳冷泉祭り・サヨンの鐘の地をめぐる」宜蘭ツアー3日目その1

 羅東を午前9時に出発。蘇澳と花蓮港を結ぶ蘇花公路を通り、南澳へ向かいます。眼下に広がる雄大な太平洋の姿を楽しみながら南澳に到着。まずは雑誌などでもよく紹介される「建華冰店」に立ち寄り、かき氷のおやつ。このお店の看板メニューは2つあり、ひとつはかき氷の上にアイスをのせたもの。もうひとつはなんと「生卵入り」!確かにプリンなどのデザートには卵をよく使いますが、かき氷に生卵とは!肝心の味は・・・非常に微妙でした。
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 氷を削る機械は日本時代から使われているもの。削った氷の上にピーナッツなどのトッピングを添えて出来上がりという、いたくシンプルなものですが、素朴な味がかえって印象深く残ります。
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 気を取り直し、すぐ近くにある南澳泰雅文化館へ。南澳は山が多く、住民の多くはタイヤル族で占められているそう。館内にはタイヤル族の男にとって一人前の証である刺青を入れる道具や、午後訪れるサヨンに関する展示がありました。

 続いては南澳神社跡へ。大型バスでは近くまで行くことが出来ないため、途中から徒歩で神社へ。36度の気温と直射日光ではあっというまに汗が吹き出してきます。小高い丘に住宅が集まった風景は、以前訪れた台東の風景とうりふたつ、どちらも高砂族が多く暮らす街です。

 こんもりと茂った山のふもとにバス停があり「南澳神社」の表示。さっき地元の人に道を尋ねた時も「南澳神社」というだけですぐに通じました。地図にもそのように表記されており、本殿はないものの、現在でも地元の人々には「南澳神社」の名前で通っているようです。
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 本殿は戦後間もなく取り払われ、その後は孫文の胸像が置かれていたようですが、それも近年になって撤去されています。行政院文化部が運営する「国家文化資料庫」には、孫文の胸像があった頃の写真がありました。
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 南澳神社の創建は1936年(昭和11年)10月7日。南澳神社の名前で呼ばれていますが、正式名称は「南澳祠」でした。「祠」とは規模の小さな神社を指し、僻地や人口の少ない山地に設置されたようです。また、通常の神社にあるような狛犬や神馬、石灯籠などは置かれず、本殿と参道だけという簡素な形式がとられているのが大半です。南澳祠創建の模様は台湾日日新報でも報道されており、台湾大学図書館には昭和11年当時の写真が収蔵されていました(出典は『高砂族の教育』台湾総督府警務局)。

 南澳祠の御祭神は天照皇大神、大国魂命、大己貴命、少彦名命、北白川宮能久親王で、例祭日は台湾にある多くの神社と同様、北白川宮能久親王が薨去された10月28日とされていました。
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 当時神社だったものを明確に示すものは残されていませんが、南澳の街を見下ろす高台に位置し、神社にまっすぐ伸びる階段や、本殿へ昇る階段を見ると、ここに間違いなく神社が存在したことを確信させてくれます。これはまさに日本人の私たちだけが持つ感性と言ってもいいのではないでしょうか。階段の両脇には、誰が植えたのか2本の椰子の木があたかも鳥居のように屹立していました。
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by ritouki | 2012-07-15 19:37 | イベント