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by ritouki

台湾点描「東大には三四郎池 台大には・・・」

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 夏目漱石の小説『三四郎』が舞台としたのは東京大学構内にある「心字池」。後に小説にちなんで三四郎池と呼ばれるようになりました。

 東大が三四郎池なら、台大には「醉月湖」があります。キャンパスの北西、新体育館のそばにあるこの湖は学生のみならず、市民の憩いの場となっており、夕方や休日には湖の周りを散策する人の姿が多く見られます。

 この湖はその昔「牛湳池」と呼ばれていました。台大キャンパスの西側には清朝時代、瑠公圳と呼ばれる用水路が流れており、この用水路の調整池の役割を果たしていたようです。

 瑠公圳は日本時代には「堀川」と呼ばれ、用水路沿いの道は「堀川通り」と呼ばれました。

 戦後、この用水路は1970年代に埋め立てられ、道路となりました。これが現在の新生南路・新生北路です。

 この湖がなぜ「醉月湖」と呼ばれるようになったのでしょうか。
 1973年3月、改修が終わったばかりのこの湖で学生によるボートレースが開催されることになりました。
 それまで、この場所は湖というよりも池に近く、動物学部で実験に使われるだけの用途しかなかったようです。1972年末から1973年にかけ、台湾大学は改修に着手し、現在の規模に生まれ変わりました。そこで、当時学生会主席を務めていた心理学部の蘇元良が学校側の同意を取り付け、3月19、20日にボートレースを開催することになったのです。

 当日は新店にあるボート遊びのメッカ、碧潭からボートを借り受けてきてレースを行いました。参加した学生は400人以上、レース当日は湖の周囲を学生が取り囲み、大変な熱気だったとか。

 このボートレース開催に際し、学生会ではポスターを製作して学生に告知する必要がありましたが、その際、これまで雑草に囲まれただけの池から、美しく整備された湖をどう呼ぶかで頭を悩ませました。その過程のなかで、メンバーだった歴史学部の鄭梓から「醉月湖」という名前が飛び出しました。ロマンあふれるその名前に一同は即座に同意、こうしてポスター上に初めて「醉月湖」の名前が登場し、以後、正式な名称として使われることになったのです。
 ボートレース当日の写真が「臺大校友双月刊第63期号」に掲載されています。
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by ritouki | 2012-07-30 20:08 | イベント