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by ritouki

李登輝元総統が南投、台中を視察する「生命之旅」へ 3日目

 南投、台中の視察最終日。李登輝元総統は、宿泊先である台中市内の「台中兆品酒店」を午前9時半に出発、北屯区にある「台中市花卉産銷班第三班集貨場」の視察に訪れました。
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 ここでは黄色い可憐な花を咲かせる「文心蘭(日本語ではオンシジウムと呼ばれることも)」の生産、出荷が行われており、なんとその95%は日本への輸出向けなのだとか。昨年の311大震災の際は、年度末の行事用の需要が激減し、大打撃を被ったそうですが、現在ではかなり回復基調のようです。また、震災後には都内でチャリティー販売も行われました。
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 ひと通り説明を聞いた李元総統は、やおら日本メディアに向かい「ここで生産されている花のほとんどが日本向けのもの。日本でも台湾でも好まれる花の種類というのはずいぶん変わってきている。私は家内が池坊や草月流の免状を持っているから、そういう話もよく聞くんだ。やはりどんな世界でも常に革新していくということが大事なんだな」などと話されました。
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 また、湿度を保ち、花を新鮮な状態のまま保存する冷蔵庫でも、わざわざ日本メディアを呼び「花を長持ちさせる栄養カプセルに茎を挿しておくことで、10日以上もこの状態を維持できるそうだ」と日本語で説明。寒い冷蔵庫の中でずっと話していたため、心配したスタッフから「もうそろそろ」と声を掛けられる一幕も。
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 出口で随行メディアから、昨夜、陳水扁前総統が入院したことを問われると「私には分からない。それは法律の問題であって政治の問題ではない」などと答えました。
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 続いて車列は山を越え、名産のシイタケや白冷圳で知られる新社も抜けて石岡へ。1977年に竣工した石岡ダムは、1999年の921大地震の際に北側の放水路が全壊し、貯水機能が失われたために台中への水道水供給ができなくなる被害がありました。
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 ダムにかかる橋の上で説明を聞く姿は、5月に台南の八田ダムを訪れたときのよう。眼下に広がるダムを眺めながら、復興から現在の状況などの説明に耳を傾けていました。
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 続いては設けられたテントの下でグラフなどを提示しながらの説明。この石岡ダムは、台中エリアの農業用水のおよそ63%、飲料水の37%を担う水甕の役割を果たしているそうです。921大地震では11メートルも隆起してしまった堤防部分がありましたが、復旧作業は迅速で、地震発生翌年の2000年12月には修復が完了しています。
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 ダムを管理する経済部水利署からは、李元総統が台湾省主席だった1982年9月16日、地震後の視察に訪れた1999年9月25日の写真を額装して贈呈。メディアからは「若い!」と声が上がりました。
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 その後、東勢に移動して「阿木大衆餐館」にて昼食会。地元を地盤とする顔清標・立法委員(無所属)ら、地元の名士が顔を揃えて賑やかな会となりました。
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 いきなり分厚い大トロの刺身で始まった昼食会は、高級食材のオンパレード。最後はスッポンのスープと雪蛙のデザートという豪華版でした。
 昼食会場後もレストラン出口で随行記者団に囲まれ、質問に答えた李元総統でしたが、午後2時すぎ、高鉄台中駅へ向かって出発。

 新幹線ホームでは、随行メディアにも気さくに声を掛け「ご苦労さん」と笑顔で労をねぎらい、午後3時1分の新幹線に乗車。午後4時ちょうどに台北へ到着し、以上で南投、台中と3日間にわたり、921大地震に関連する場所を訪れた視察は終了しました。
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 台湾全土をめぐる視察の旅はまだ北東部や東海岸が残されていますが、群策会によるととりあえず今年の視察計画はこの南投、台中でいったん終了。年末までは大学などをまわって講演する活動を中心にする予定だそうです。

 本会が11月下旬に行う「第18回・日本李登輝学校台湾研修団」では、李元総統の特別講義で今年の視察の総括が聞けるかもしれません。
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by ritouki | 2012-09-13 23:16 | イベント