台北事務所の活動をお伝えします


by ritouki

「火焼島之旅 2012白色之道青年体験キャンプ」4日目

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 活動に参加する前は「緑島くらいの規模なら2泊3日で十分なのでは」とさえ思っていた3泊4日の「火焼島之旅 2012白色之道青年体験キャンプ」もいよいよ最終日。活動を通じて得た仲間たちとの別れが近づいてくると、かえって「一週間くらいあってもいいのでは」と思うようになるのですから皮肉なものです。展示コーナーの地べたに寝袋を敷いて雑魚寝した生活も、ホテルや民宿に泊まるよりさらに仲間意識を強くしたのかもしれません。
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 いつも通り午前7時に起床、簡単に朝食を済ませたあとは、陳文成基金会董事の陳玉霖氏による「陳文成事件と陳文成基金会」と題した講義。
 それに引き続き、いよいよ終業式。この4日間、白色恐怖の受難者やその家族、研究者から学んだことを糧に、4つにわかれた組がそれぞれ演劇や歌でその成果を披露します。私たちの第一組は、蔡焜霖先生が最後の夜に教えてくれた「ダニー・ボーイ」と于凱さんの秘話をもとに短い演劇を作りました。昨夜はロウソクの日を囲み、波の音が間近に聞こえる人権記念碑の闇の中で台本をひねり、講義室で深夜2時頃まで練習して本番に望みました。

 白色恐怖が辛酸を極めた1950年代、台北工業高校の学生だった黄守禮さんは、でっち上げの罪でしょっぴかれました。歌をこよなく愛した黄守禮さんは、歌で友を励まそうと、処刑のために引かれていく友には日本語の「幌馬車の歌」を今生の別れの歌として送りました。

 夕べに遠く 木の葉散る 並木の道を ほろぼろと 君が幌馬車見送りし
 去年(こぞ)の別離(わかれ)が 永久(とこしえ)よ

 そして、故郷で息子の帰りを待つ年老いた母親を想う歌として英語の「Danny Boy」が獄中で歌われる愛唱歌となりました。

 黄守禮さんがぶち込まれていた牢獄の隣りに入っていた于凱さんは、中国大陸の山東省出身。共産党に加担した咎で逮捕されたとき台湾大学歴史系の2年生でした。死刑の判決を受け、いよいよ刑場に向かう時、于凱さんは遠く山東で我が身を案じ、よもや息子が台湾で銃殺されることになっているとは露ほども知らない母を想い「Danny Boy」を歌ってくれるよう頼んだのです。

 刑場に引かれていく于凱さんを励まそうと、壁の隙間から手を伸ばした黄守禮さんは驚きました。于凱さんの手の爪という爪が剥がされていたのです。
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 白色恐怖の被害は、単純に「外省人=加害者、台湾人=被害者」といった、一方的に国民党が台湾人を抑圧した構図で捉えられがちですが、実際には台湾人(高砂族も含む)はもちろん、多くの外省人もやられています。そして、その被害の方向は家族、親戚、友人、職場、学校などと、被害者本人の周囲に放射線状に拡散し、その子供、孫というように現在に至るまで続いているのです。

 国民党、なかんずく蒋介石は大陸反攻を掲げ、共産党殲滅のためにあらゆる犠牲も厭いませんでした。「99人の冤罪が出来ても、1人の共産主義者を捕まえられればよい」という蒋介石の言葉はその狂気の一端を物語っています。そのために多くの無辜の人々が殺されたり、長い年月の自由を奪われ、恐怖政治に慄く毎日を送りました。無念のうちに倒れた人々は、現在の国民党が共産党に擦り寄る光景を目にしてどう思うでしょうか。
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 無事に終業式も終わり、これにて一応プログラムはすべて終了。4日間お世話になった緑洲山荘を後にして、ほんのわずかな自由行動です。

 思えば4日前、この道を人権記念園区に向かって歩いているときは、初めて会ったばかりで口数も少なかったのが、今この道を戻るときには同じ時間を共有した仲間となっていました。日本人の参加者も別け隔てなく迎え入れてくれた仲間たちに感謝です。

 昼食は空港が目の前に見えるレストランにて。緑島名物の海鮮、トビウオもきちんといただきました。そしてデザートも忘れず、これまた名物の「海藻豆花かき氷」。なかなかシュールな色合いです(笑)。
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 そしていよいよ午後2時半の船で一路台東へ。お世話になった緑島ともいよいよお別れです。「通常であれば必ず船酔します」とまで言われて脅かされましたが、緑島へ渡るときはベタ凪だったそうで、まるで電車に乗っているかと思うほど揺れず。台東へ戻る際も、多少は揺れましたが、甲板で写真を撮ったり大騒ぎしているうちに着いてしまいました。船上では、ずっと同行していただいた蔡焜霖先生が締めのインタビュー。
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 台東富岡漁港からバスで15分ほどで台鉄台東駅へ到着。ここで仲間たちとはお別れです。得るものばかり、助けてもらうばかりの4日間。白色恐怖の傷跡未だ癒えたとは言えない台湾社会が、真の自由と民主をつかみとるため、日本人の私たちはこれから何ができるでしょうか。
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by ritouki | 2012-09-03 23:19 | イベント