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台北在住の筆者(早川友久)が、台北に残された日本統治時代の古蹟や遺構をはじめ、台湾に関わる記事を掲載します。


by ritouki

ドキュメンタリー『陳才根の隣人たち』

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 昨日の夜中、無事に台北に帰って来ました。台東から自強号で6時間、座っているだけでもけっこう疲れるものです。

 4日間の「火焼島之旅 2012白色之道青年体験キャンプ」を振り返ると、自分自身、頭では理解しているつもりだった、単純な見方だけでは白色恐怖の真実を理解することは出来ないことを再認識しました。特に、台湾の戦後史を生半可に学んだ人間が陥りがちな「外省人は加害者で、本省人は被害者」「国民党=悪、台湾人=善」というステレオタイプな見方です。

 いま振り返ってみると、こうしたステレオタイプな認識を改めさせてくれたのが、4年前、台湾大学の「政治学」の授業で見たドキュメンタリー「陳才根の隣人たち(陳才根的鄰居們)」でした。

 舞台は台北市内、南京東路と林森北路が交わる交差点。現在では、広々とした公園となり、市民の憩いの場ともなっていますが、1990年代後半まで、この場所には違法建築のバラックが立ち並んでいました。

 もともとこの場所は日本時代、三板橋墓地と呼ばれ、日本人が眠る共同墓地でした。戦後、中国大陸から敗走してきた国民党の関係者は200万とも300万とも言われています。日本時代の資産を接収し、やりたい放題の国民党でしたが、住むところをあてがわれなかった下級兵士たちはこの墓地に目をつけ、墓石を利用してバラックを建て、明石総督の墓前にあった鳥居を物干し竿にして暮らしていました。
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 ドキュメンタリーは、この「康楽里」と呼ばれたバラック街に暮らす、国民党の下級兵士、つまり外省人たちにスポットをあてた作品です。

 1997年、ときの陳水扁・台北市長の決断により、このバラック街の撤去が決まりました。それまでの歴代台北市長も、幾度となく撤去に着手しようとしたようですが、反対勢力が手強く、手を付けられずにいたようです。その転機となったのは、一説によると、来台した歌手のマイケル・ジャクソンが晶華酒店(リージェントホテル)の部屋から眼下のバラック街を目にし「あそこはスラム街か」と尋ねたため、国際的恥辱になっては大変と、一斉に撤去の方向に傾いた経緯があるとか(あくまで噂なので真偽は不明です)。

 こうして取り壊しが決まったころ、カメラはこの康楽里のバラック街に入りました。台湾に住みながら、台湾社会に馴染めず、外省人のコミュニティーのなかだけで生きてきた栄民(退役軍人のこと)たちの口は固く、おいそれと質問にも答えてくれません。しかし、何度も訪れるスタッフたちに、彼らは少しずつ心を開き、どのようにして国民党に従軍したのか、家族はどうしているのかをポツリポツリと語り始めます。

 ある老人は当初「家が貧しかったので、自分で国民党軍に志願した」と答えていましたが、何度目かの訪問では涙ながらに「畑で農作業していたら、いきなり軍に拉致されて従軍させられ、気付いたら台湾だった。数年もすれば大陸へ帰れるだろうと思っていたが、いつの間にか40年以上が経ってしまった」と真情を吐露します。

 妻も子供も大陸に置いてきた老人、もとの家族を捨てて新しい家族を作った老人、癌に冒されながら大陸の家族を探しに出掛けていった老人など、多くの老人が決して幸せとはいえない環境で肩を寄せ合いながら生きていく姿からは、必ずしも「外省人=悪」という構図で語ることの出来ない悲哀を感じさせます。

 もちろん、彼らのなかには、台湾人に対して極悪非道を働いた人間もいるでしょう。しかし、国民党体制の仕組みのなかでは、彼らもまた虐げられた被害者ともいえるのではないでしょうか。

 白色恐怖の被害は、台湾人のみならず、外省人にも及びました。つまり、国民党は、台湾人や外省人問わず、国民党の統治に邪魔な人間は誰であろうと粛清していったことになります。

 この作品が撮られてからすでに10年以上が経過しているため、もしかしたらこの作品に登場する老人たちはこの世にいないかもしれません。しかし、彼らが歩んできた戦後史もまた、台湾の戦後史の一面であると同時に、彼らもまた中華民国体制の被害者といえます。作品に登場する彼らからは「外省人」という単純な括りだけで判断していては、決して台湾の戦後史の真実を理解できないことを示唆しています。

 このDVD、11月下旬に開催される第18回・李登輝学校台湾研修団で鑑賞する機会を設けたいと考えています。
by ritouki | 2012-09-04 16:15 | イベント