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by ritouki

台北賓館の自由参観

 台湾総統府の前に伸びる凱達格蘭大道を挟み、南側の外交部(外務省)と対峙して建っているのが「台北賓館」。国賓をもてなす晩餐会や、中華民国の建国記念日である「国慶節」を祝うパーティなどが開かれる、いわば迎賓館ですが、その前身は、日本時代の1901年(明治34年)に建設された「台湾総督官邸」です。

 戦後は「台北賓館」の名称に変わり、1963 年からは外交部所管の迎賓館として使われたため、長らく一般には公開されませんでしたが、2006年からは月に一度、自由参観日が設けられ内部の見学をすることが出来るようになりました。

 実をいうと、5年以上も台湾に住みながら、台北賓館に足を踏み入れたのは今日が初めて。そこには日本時代の重厚な設計と、瀟洒な内装を今に残す異空間が広がっていました。
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 1899(明治32)年、児玉源太郎・第4代台湾総督の命により建設が着手された台湾総督官邸は1901年(明治34年)に完成。設計したのは総督府技師の福田東吾と野村一郎でした。しかし、日本内地とは異なり、想定外だった台湾特有の手強いシロアリ被害によって改築を余儀なくされ、1911年(明治44年)から再び工事が行われました。この際、建物を取り囲むかのようなベランダも増築され、現在の姿になったそうです。

 正面入口には赤絨毯が敷かれ、国賓を接遇する厳粛な雰囲気を漂わせています。玄関ポーチから上を見上げると、銅細工と思われる照明が目に入りますが、よく見ると、先端には16枚の花びらをかたどった菊の御紋が見えます。
 戦後、台湾を占領した国民党政府は、日本時代に残されたものをことごとく破壊しましたが、その反面、「使えるものは使う」ということで、総統府をはじめとする建築物は引き続き使われることになりました。しかし、桜や菊など「日本」をイメージさせるものは削り取ったり、わざわざ中華民国の国花である梅に差し替えたりしたことを考えると、この照明がこの場所に残されているのは不思議です。
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 玄関を入ると、参観は左側の階段をのぼり、まず2階を見るのが順路となっています。初めて台北賓館を訪れた人たちは、白壁に輝く金の装飾に思わず見とれてしまうことでしょう。階段をのぼりきった広間の天井や壁にも、金で上品に装飾された意匠が目に入ります。
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 2階は主に居室として使われたそうですが、床はヒノキの寄木張り、それぞれの部屋に設置された暖炉にはイギリスから輸入したヴィクトリア様式のタイルが使われるなど、国家の威信をかけたとも言える最高級の造作であったことが分かります。窓の上には彫刻が施されていますが、こうした細かな部分でも、戦後に台湾を占領した国民党の中国人はきっちり手を加え、中華民国のシンボルである梅が入っています。
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 また、2階東側には鉄製のヨーロッパ式を意識した螺旋階段が設置され、バルコニーに出られるようになっています。
 1923年(大正12年)4月16日、台湾を行啓された皇太子殿下(当時は摂政、後の昭和天皇)は軍艦「金剛」で基隆に到着。列車で台北へ移動し、この台湾総督官邸にお泊りになられました。夜には、台北市民総出ともいえる提灯行列が行われ、皇太子殿下はわざわざバルコニーに出られ、万歳の声をあげる民衆に応えられました。
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 クスノキを材料とした階段の手すりにも彫刻が施されています。また、廊下にはすべて赤絨毯が敷かれ、あたかもタイムスリップしたと錯覚したかのようです。
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 2階中央にある「第一の間」は日本時代、畳敷きの居室でしたが、この部屋には興味深いものが展示されています。部屋の真ん中に置かれた装飾箱の四面には、富士山・渡月橋・厳島神社・日光の神橋が彫刻され、上部は大理石、四方はタンチョウ鶴と亀の模様が施されています。四方に開く扉の内側には何も残されていなかったそうですが、内側の上部には78種類の鳥の彫刻がなされているとのこと。
 当時の資料はまったく残されておらず、第7代・明石元二郎総督の時代にはすでにこの部屋に置かれていたこと以外、誰が制作したか、何のために使われたのかさえ不明だとか。一説によると「勅書を保管するためのものではないか」と言われているそう。当時の写真では、この箱の上に風神と雷神の像が置かれていました。しかし、戦後、雷神の像は行方不明となり、風神の像は破損しているものの、台湾中部の南投県にある国史館に保管されています。
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 1階は、現在でも晩餐会などに使われる大広間や応接室などが並んでいます。応接室の欄干には、日本時代、魔除けのためか鏡がはめ込まれていましたが、戦後は梅をかたどった彫刻が鏡をさえぎるようにはめ込まれています。南国の暑さに涼を吹き込む天井のファンにも、迎賓館の役割を果たす建築物ならではの装飾が施されています。
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 大広間からはバルコニーに出ることができ、ちょうど建物の裏側にあたる敷地には台北市の中心とは思えない見事な庭園が広がっています。
 以前、ジャーナリストの片倉佳史さんに聞いた説明によると、総督官邸に宿泊するほどのVIPが外出し、当時まだ撲滅しきれていなかった熱帯病に感染したり、抗日ゲリラの被害にあっては一大事と、なるべく総督官邸内に留め置くようにしたとか。そして、官邸内部でも南国台湾の風情を味わえるように、ヤシの木やガジュマルなど、台湾特有の樹木を植えることで台湾の雰囲気を醸し出すようにしたということです。庭園の向こうに見える台湾大学医学部附属病院がなければ、誰も首都台北の景色とは思えないのではないでしょうか。
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 また、庭園の一角には「和館」と呼ばれる日本式の家屋があり、こちらは総督が寝起きするために設えられた完全に日本式の建物だそうです。この和館から庭園の築山を眺めると、あたかも日本庭園のように見え、内地の気分を味わえるようになっているとか。残念ながらこの日は、和館の開放はされておらず、内部を見学することは出来ませんでした。

 台北賓館は台湾総統府の全館開放日と合わせ、毎月上旬の週末に開放されます(開放時間は8:00 〜16:00)。スケジュールは台北賓館のHPでご確認下さい。なお、台北賓館の参観に身分証は必要ありませんが、総統府の見学には必要ですのでご注意下さい。
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by ritouki | 2012-10-13 22:59 | イベント