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by ritouki

李登輝元総統 「指導者は孤独だ」 観音山山頂にて

 李登輝総統が初めて総統の座に就いたのは1988年1月のことでした。前年7月には戒厳令が解除され、民主化への帯同が聞こえ始めたその矢先、年明け1月15日に蒋経国総統が急逝します。そしてその夜には憲法の定めにより、李登輝副総統が総統へと昇格し、就任の宣誓を行ったのです。

 とはいえ、蒋介石・蒋経国親子による統治が長らく続いた台湾においては、初めての台湾人総統の誕生です。もともと学者出身で、蒋経国総統の抜擢によって政界に入った経緯もあり、国民党内に派閥もなければ後ろ盾となる大物政治家の存在もありません。情報機関も軍も掌握しておらず、まさに孤独な船出となったのでした。

 そうした不安に苛まされていた頃、李登輝総統は家族で台北近郊の観音山へと登山に出掛けます。1988年11月13日のことでした。
 李登輝総統と曽文恵夫人、亡き長男の嫁の張月雲さん、そしてまだ幼かった孫娘の坤儀さんの4人は、1キロあまりの山道を歩き、やっとの思いで山頂に到達します。しかし、山頂に立った李総統が感じたのは「頂上は思ってもいなかったほど狭い。四方には険しい崖が迫り、自分はいま非常に危険な場所に立っている」という恐怖でした。

 そして、「こうした場所では誰一人助けてくれる者はいない、自分以外に頼れるものはない。これは私が総統として、最終的な決断をするときの感覚と同じだ」と感じたといいます。そして「総統の決断というものは、実際にそれほどの恐怖を伴うものなのだ」と述べています。

 こうした指導者としての「孤独」と「恐怖」を克服するためにはどうすればいいのか。李総統は、次のように語っています。
 「これまで私は事あるごとに、指導者は信仰を持つべきだと主張してきた。それは、人間は信仰を持つことによってはじめて『心の弱さ』というものを理解するからだ。
 中国の歴史上、最高権力を手にした皇帝はみな自分を『寡人』、つまり孤独だと称した。総統もまた権力の頂点であり、頼れるものは自分以外にはない。すべての人が私の出す答えを待っているからだ。
 指導者たるもの常に孤独と向き合わなければならない。特に大きな責任を負う決断をしなければならない場合、戦慄するほどの恐怖に襲われることさえある。
 そのためには心の拠りどころとなる信仰が必要だ。私はクリスチャンであるからキリスト教を信じるが、信仰の対象は宗教に限らない。自分より大きな存在に縋ることが心の安寧をもたらすのだ」。
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 この日、観音山の山頂で撮った家族写真が残されています。上坂冬子さんの『虎口の総統李登輝とその妻』には李総統が孫娘に向かって「おじいちゃんは長い長い道のりを一歩ずつ踏み固めて、いま山頂に上り詰めたんだよ。おじいちゃんの周囲には寄りかかれるものが何一つない。いつかまた、一歩ずつ踏み固めてここから下りていかなければならないと思っている」と語りかけたと綴られています。

 そしてこの写真を元にして画家の呉炫三氏が描いたのが下の油絵です。曽文恵夫人は「写真には私も嫁も写っていたのだけど、構図として邪魔だから削られた」と苦笑しながら語っています。
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 「四囲不依靠(周囲には寄りかかれるものが何もない)」という孤独な総統の座にありながら、信仰を心の依りどころとして台湾の民主化を進めた李登輝総統は、2000年、「台湾の民主化をアピールするためにも、自分は総統選挙に出馬せず、他の人に任せたい」と権力を自ら手放しました。
 結果、民進党の陳水扁候補が総統選挙に勝利したことで平和的な政権交代が実現し、台湾の民主化は世界にアピールされることとなったのは皆さんご承知のとおりです。
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by ritouki | 2014-04-25 18:32 | イベント