台北事務所の活動をお伝えします


by ritouki

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 本日午後1時から、総統府前の凱達格蘭大道(ケタガラン大道)において、立法院を占拠する「太陽花学運(ヒマワリ学運)」の学生たちが主体となってデモが行われる。

 それに際し、李登輝元総統はFacebookを通じ、自身の立場と台湾の人々への願いを込めた声明を発表した(日本語訳は筆者によるもの)。

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 中国とのサービス貿易協定に端を発する争議は、学生たちによる立法院(国会)議場の占拠を引き起こし、今日ですでに13日目を数える。

 これらの問題に対し、私の立場は一貫している。指導者は彼らの声に出来るかぎり耳を傾け、人民の苦しみを理解すると同時に、具体的かつ誠意を持って学生や人民の要求に答え、解決の道を探るべきである。

 この十数日間、学生たちが台湾という国に対して見せた情熱、理想の堅持、明るい未来の追求、台湾の民主主義を世界に知らしめたエネルギーは、私たちに国家の希望というものを見せてくれた。

 今回の一連の争議を目にした台湾の人民に希望することは、民主主義の価値というものをより深く理解すると同時に、民主主義のというのもは決して投票の権利だけではなく、人民の実質的な政治参加と、政治に対する絶え間ない監督責任があるということを分かってほしいということだ。

 また、社会におけるより多くのオピニオンリーダーや指導者が現れ、共に国家の将来を考え、公民憲政会議や国是会議の開催を促すことで政治争議の解決と、人民の幸福を実現することを望む。

 この問題の処理にあたり、現場の最前線で任務にあたる軍や警察の苦労は大抵ではないと思う。しかし、彼らにもぜひ根本的な責任のあり方を考えてみてほしい。本当に守るべきものはこの台湾の人民の生命であり、財産であり、安全である。軍や警察はお互いに対立することなく、双方が理性をもって尊重しあうことを希望する。

 学生たちは本日、総統府前で10万人を集めた活動を行うという。私は、すべての人民に対して希望する。学生たちの一貫して平和的かつ理性的な要望を尊重してあげてほしい。そして共に民主主義を守ると同時に、負傷者が一人も出ないことを祈る。

 皆さんの無事安全を、台湾にご加護を!

 
                                   李登輝

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  近來,因為服貿爭議,引發學生進佔國會議場已經第13天!

  我仍秉持一貫立場,呼籲領導者能夠傾聽人民聲音、了解人民的痛苦,具體且誠意的回應學生及人民的訴求,並謀求解決之道。

  學生這十幾天來表現出對國家的熱忱,對理念的堅持,對未來的追求,向全世界展現台灣民主的活力,讓 我們看到國家的希望。

  希望台灣人民經過這次事件,能對民主的價值有更深的體認,民主絕不是只有投票而已,民主需要的是人民實質參與及不斷地監督。

  我也期待,更多意見領袖及社會公正人士站出來共同承擔責任,一起思考國家的未來,促成公民憲政會議或國是會議的召開,以化解政治爭端,創造人民的最大幸福。

  因為要處理抗爭事件,大批軍警被推到第一線,任務繁重實在辛苦。但請軍警人員體認自己的根本責任,真正應該保護的,是這個國家的人民生命及財產安全,希望軍警與人民不要互相對立,雙方保持理性尊重。

  關於學生今天號召十萬人民「上凱道守護台灣」的活動,我希望所有的民眾可以尊重學生一貫和平理性的訴求,一同守護民主,也祈禱沒有任何一個人再受到傷害。

  祝大家平安!台灣平安!

                                                 李登輝
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by ritouki | 2014-03-30 09:41 | イベント

330の前夜に

 解せないことが一つある。

 それは、Facebook上でよく見かける日本人の書き込みで「台湾のことは台湾人が決めるべき、だから日本人の私は外から見守りたい」「外国人である日本人が台湾のことに口出しするべきじゃない」といった内容だ。

 彼らが台湾のことを好きかどうか、関心があるかどうかはここでは関係ない。
 重要なのは「台中服務貿易協定」が日本には無関係だと思い込んでるところにある。無関係だと思い込んでるということは、恐らく服貿協定の内容を知らずに「台湾のことは台湾人に任せよう」とノー天気に言っているようにも思える。
 将来の台湾や日本への影響など考えもせず、服貿協定の内容など知りもせず、ただただ無関心だと思われたくないがためだけに「決して無関心じゃないですよ」と逃げ口上を用意しているだけにも思えるのだ。しかし、そうした考え方は非常にユートピア的な、理想主義的なものと断じざるを得ない。

 なぜ台湾の学生たちは立法院を占拠してまで、この服貿協定の発効を阻止したいのであろうか。
 もちろん、服貿協定の発効が現実になれば、台湾の根幹企業ともいえるサービス業に大量の中国資本が流れ込み、中国人の安価な労働者が大挙し、台湾経済を席巻するだろう。
 その結果、価格競争に耐え切れない台湾企業は力尽き、台湾人の就業機会は奪われ、最終的に「安かろう悪かろう」の中国式サービスが蔓延する台湾社会になるおそれも十分に考えられる。
 さらには「投資移民」という名のもとに、父ちゃんが董事長、母ちゃんが総経理、息子が店長のような「三ちゃん企業」を作り、ごくごくハードルの低い投資をすれば、そのまま台湾に移住出来てしまう。

 ただ、最大の問題はそうしたところにあるわけではない。
 服貿協定が発効し、大量の中国人労働者が押し寄せ、経済を牛耳られ、移民が増加すればどういう結果が出来するか。通婚を繰り返して中国大陸系住民が増加すればどうなるか。
 結果、台湾は「明日のクリミア」になるだろう、というのが最大の問題であり、日本も無関係ではいられない部分なのである。

 中国大陸系住民が増加し、彼らの工作が浸透して中国との統一機運が生まれたら欧米や日本も反対できない「住民投票」で人民の意見を聞く、という流れが出てくるだろう。
 その結果、大量のロシア系住民が「ロシア編入賛成」を投じたクリミアのように「民主的かつ平和的な方法」で台湾は中国に統一されることになる。
 一発のミサイルも打たず、一滴の血も流さず、「多数決」という民主主義的な方法で中国は台湾を手中におさめる。こうしたシナリオが高い確率で引き起こされるであろう服務貿易協定について、「日本には関係ないから、日本人は口出すべきではない」となぜ高みから見下ろすような言い方をするのだろう。

 結果的に、台湾が中国領になった場合、日本に影響はないのか?日本とは無関係なのか?
 毎日たくさんの原油を運ぶタンカーが通る台湾海峡は中国の内海となり、西側のバシー海峡も中国の管轄下となる。遠回りする場合の燃料費は、高騰する保険料はどうするのか。原油に限らず、南シナ海のシーレーンを通って輸入されてくる多くの物資に頼っている日本経済は喉元を抑えられることになるというのに。

 台湾が中国領になった場合、中国の海軍は自由に太平洋への出入りが可能になる。今でさえ、中国海軍の潜水艦やらに尖閣諸島近辺をウロチョロされているのに、出入り自由になってしまったらどうするのか。翳りが見え始めたアメリカの軍事力は太平洋防衛を任せることが出来るのだろうか。中国は本気で「太平洋を米中で分割統治しましょう」と言い出しかねない。

 「台湾のことに外国人が口出すべきじゃない」とか「台湾のことは台湾人が決めるべき」などというユートピア的な理想主義はやめたほうがいい。
 ではなぜ中国や韓国は、靖国神社という至極国内的な問題に首突っ込み、口を極めて罵ることが出来るのか。なぜ長年アメリカは毎年、年次教書という名のもとに様々な要求を日本に押し付け、国内法改正や制度改革を強制するのか。
 それが国際社会で、それが国際政治だからではないのか。つまり、要はそれが現実だということなのではないか。

 理想は理想で素晴らしい、しかし、この世界は理想的には出来てはいない。
 それこそ生き馬の目を抜くような厳しい国際情勢の中を泳いでいかなければならない。

 台湾が直面している服貿協定は現在の台湾だけの問題ではなく、将来の台湾、台中関係、日台関係、アジアどころか世界の安全保障にさえ影響を及ぼすだろう。

 だとすれば、ユートピアのようなことを言っていないで、現実を見据えて物事を言ってほしいと願うのはあながち無理な相談ではあるまい。仮に無関心であるならば無関心でも結構、黙っていていただくだけだ。

 しかしながら、わざわざインターネット上で「私は外国人だから何もしません」とか「外国人じゃなかったら私も参加したのに」などと逃げ口上を並べた正義感ぶって「中立宣言」などを振りかざすのはご勘弁願いたい。
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by ritouki | 2014-03-29 23:51 | イベント
 本日午後、「第二の民主改革」始動のため台中での講演に向かった李登輝元総統は、台湾新幹線への乗車前、メディアから、現在立法院を占拠する学生たちと馬英九総統の対応について問われると「国家の指導者たるもの、学生の意見に耳を傾けるべきで、警察力を使って彼らを排除するべきではない。学生たちが殴られている光景を見るのは耐えられない」などと、涙ながらに答えた。発言は下記の通り。

 「政府や指導者は庶民や学生たちと対話しなくてはならない。特に学生たちは知識階級であって将来の国家にとって重要な人物だ。警察力を用いて排除するべきではない。まずは彼らと会って話を聞き、何が問題なのか、どう解決するべきかを理解するべきだ。こうしたことが出来ないのであれば、何のために指導者に選ばれたのか。

 学生たちはかわいそうだ。もう既に(立法院占拠から)10日が経ち、警察に殴られている光景はとても見ていられず心が痛む。台湾がこんな風に変わってしまったのを見ると本当に涙が出る。もう質問しないで下さい。さもないと本当に涙がこぼれてしまう。私の話を聞いてくれればそれでいい。

 学生たちが提案した『全民憲政会議』はいい考えだと思う。国民全体で台中サービス貿易協定についての理解を深めるべきだ。これまでの政府の説明は全く不十分だ。この機会を利用して国民への説明を尽さなくてはならない。それが民主社会の形だろう。大切なのは、政府は庶民が抱えている問題を理解することだ」。

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by ritouki | 2014-03-27 17:35 | イベント
 昨年、台中間で調印され、かねてから立法院で承認審議が進められてきたサービス貿易協定の内容が台湾のサービス産業、特に中小企業に打撃を与えると同時に、協定の審議内容や方法が不透明かつ、国民への十分な説明や審議がなされていないとして、3月18日夜9時半ごろ、台湾大学の学生ら300人が警備の警察官を振りきって議場に突入、そのままバリケードを築いて占拠した。

 この情報がメディアを通じて伝わると、それを支持する学生たちが集まり始め、翌日には数百人規模に。議場の様子が報道され、長期化の様相を呈するにつれ、学生たちの行動に呼応する支持者が続々と立法院のある中山南路や青島西路へ集まり、その規模は数千人と伝えられている。
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 筆者が立法院へ赴いた3月19日夜は気温が28度前後で、歩いているだけでも汗が流れるほど。中山南路側の立法院正面入口ではテントが張られ、広場では高校生を含めて学生たちが代わる代わるマイクを握り、馬政府に対する服務貿易協定締結の不満と議場内を選挙する学生たちへの声援を語っている。
 道路沿いの柵にも学生やメディアが鈴なりとなっているが、正面入口は警官隊によるバリケードで封鎖されている。また、当日夜時点でこちら広場ではペットボトルの水やパンなどが差し入れられていた。
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 続いて青島西路沿いの立法院後方の群賢樓へ。こちらには学生に選挙された議場がある。歩道橋から撮影すると、道端にはテレビ各局の中継車が停まっているうえ、あふれた群衆が道路のほぼ半分まで溢れ出し、通行するバスやバイクがそのすぐそばを走っている危険な状況。案の定、青島西路はまもなく警察によって封鎖され、通行止めとなった。

 立法院群賢樓前の広場にも学生が大挙して集まり、座り込みを続けている。ただ、側門には学生が立ち、出入りする人たちのために通路を開けるよう絶え間なく声を掛けている。おかげで我々も苦労することなく広場へ入ることができた。また、議場内へ届けられる水や食料などの物資が続々と運ばれており、学生たちは率先して道をあけるなど、混乱のなかにも秩序ある行動がなされているのが見てとれた。
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 座り込みする学生たちの後方には無数のテレビカメラと記者。議場入口の前では、ここでもやはり学生たちが代わる代わるマイクを握って主張を伝えている。
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 建物2階や廊下には議場を占拠する学生たちも姿を現し、馬政府に対して服務貿易協定の再審議と説明の要求を訴えた。

 馬英九総統に対する再審議や公開討論の要求に対して学生たちが設けた回答期限は明日21日正午。回答がなければ学生たちは行動を拡大するとしているが、木曜から金曜にかけ、中南部からも続々と学生が北上して合流すると同時に、一般市民や民進党関係者も多く集まるため、人数はさらに拡大していくだろう。
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by ritouki | 2014-03-20 23:32 | イベント

九段の杜へ

 ビザ申請を終え、受領するまでの空き時間で九段へ。昨年2月に訪れて依頼ですから一年ぶりです。

 先週降ったという雪がまだ参道にところどころ残っていましたが、今日の東京は穏やかな天気で、むしろコートいらず。マフラーをしていると暑いくらいです。

 平日昼間とはいえ、境内はお参りする人々の姿は絶えず、首都東京の真ん中にありながら、静謐で厳かな佇まいを見せています。

 日本の彌栄と日台の良好な関係を祈願しました。
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by ritouki | 2013-01-21 14:59 | イベント

つかの間の帰国

 ビザ切り替えの関係で東京へ戻ってきています。完成したスカイツリーの悠然たる姿を初めて肉眼で見ることが出来ました。建設途中の姿は見たことがありますが、やはり完成してライトアップしたスカイツリーは美しいですね。きっと台湾からもたくさんの観光客を迎えていることでしょう。
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by ritouki | 2013-01-20 21:55 | イベント
 今日は春のようなうららかな日和のなか、悲しいお別れの日でした。

 「美しい日本語を守る会」として、今や日台交流の代名詞にもなった友愛グループを創設した陳絢暉会長の告別式が午前、台北市内で行われました。

 式には、友愛グループはもちろんのこと、日本と台湾に跨って活躍された陳会長の人柄を偲ばせるように、多くの参列者の列が長く続きました。

 式後、参列者は近くの喫茶店に立ち寄り、生前の陳会長の思い出を語り合って故人を偲び散会しました。
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by ritouki | 2013-01-19 21:02 | イベント

大使公邸晩餐会へ

 今夜はなかなか出来ない経験をさせていただきました。

 昨年秋に、瑞宝双光章を叙勲された林さんのお取り計らいで、大使公邸(交流協会台北事務所代表公邸)で開かれたお祝いの晩餐会にお招きいただいたのです。またとない折角の機会ですので、喜んで出席させていただきました。
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 公邸は陽明山の中腹。窓からは台北市内の夜景を望むことができます。厳かな雰囲気で始まった晩餐会は、公邸お抱えのシェフによるフレンチ。お祝いの席ということで終始和やかな雰囲気で、大使ご夫妻からも楽しいお話しをたくさん伺えました。

 晩餐会を終え、外に出ると、日中は暖かかったものの、やはり山の中腹なので少し冷気が身にしみました。望んでもなかなか叶うことではない機会を下さったのも、本当に私が人の縁に恵まれているからこそ、と改めて感謝せずんはいられません。
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by ritouki | 2013-01-18 23:47 | イベント
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 李登輝元総統のお誕生日は1月15日で、あと5日もすれば90歳を迎えることになります。

 ただ、総統ご自身は新暦ではなく農暦(旧暦)で祝うことを習慣にされているようで、これまで農暦の11月29日を誕生日として祝ってきたそうです。今年の農暦11月29日にあたるのが本日で、農暦で数えると92歳を迎られます。

 誕生日に際し、総統からは「寿桃」が配られ、私もご縁あってお相伴にあずかりました。「寿桃」とは、中華圏の風習で、誕生日を迎えた人が配る、桃をかたどったお祝いの饅頭のことです。
 その昔、仙境といわれた崑崙山には不老長寿の桃があり、3000年に一度しか実をつけなかったとか。そして、崑崙山の主人である西王母が、この桃が実ったのを祝って祝宴を開いたという故事から「寿桃」が生まれたようです。

 とはいえ、現実の台湾社会は折りからの不況と、馬英九政権の迷走で決して景気のいい話ばかりではありません。聯合晩報の報道によれば、李登輝元総統は「苦しい国民の生活を思えば誕生日を祝う気にはならない」と話しており、祝宴も開かないということです。
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by ritouki | 2013-01-10 02:30 | イベント
 今朝の産経新聞朝刊に掲載された「旧制高校 寮歌物語(22) 日台の懸け橋となった同窓の誼」。

 この連載は今回が22回目ですが、満を持して、台北高等学校OBである李登輝元総統の登場です。
 昨年11月28日、本会の仲介により、産経新聞文化部の喜多由浩編集委員らによるインタビューが淡水のオフィスで行われました。
 紙面には本会が提供した2007年6月訪日の際、東京のホテルオークラで開かれた晩餐会での写真も掲載されています。
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 ◆校歌の一節をスピーチに

 台北高等学校(旧制)の同窓会は、東京と台北にある。昨年10月、日台双方の卒業生ら約80人が台北に集まり、台北高の創立90周年を祝う記念大会が行われた。日本から出席した元最高裁判事、園部逸夫(いつお)(1929年~、台北高・四高-京大)によれば、「みんなで一緒に校歌や寮歌を歌い、大いに盛り上がった」という。

 園部と同じテーブルに、台湾の元総統、李登輝がいた。終戦の年(昭和20年)に台北高校へ入学した園部から見れば4期上の先輩に当たる。スピーチに立った李登輝は、20年前の70周年のときと同じように、高等科設置時の校長・三沢糾(ただす)(1878~1942年)が作詞した第一校歌『獅子山頭に雲みだれ』の4番の歌詞を引用した。
 ≪ああ純真の意気を負ふ 青春の日は暮れやすく 一たび去ってかへらぬを など君起(た)ちて舞はざるや いざ手を取りて歌はなむ 生の歓喜を高らかに≫

 そして、こう呼びかけた。「第一校歌のこの一段を繰り返し、われらの古き関係を新たにしつつ、日台の心と心の絆を築いていきましょう。(中略)そしてさらに母校-台北高の『自由と自治』の素晴らしい伝統を永遠に伝えてゆくことを心から願うものであります」

 台湾に、近代教育制度を根付かせたのは日本である。公学校(小学校)、中学校、実業学校。そして、台北高、台北帝国大学をつくり、台湾人にも高等教育を受ける機会が開かれた。ただし、それは極めつきの「狭き門」であった。

 台北高の定員(高等科)は文科、理科2クラスずつ(1クラスの定員は40人)の計160人。李登輝の記憶によれば、このうち台湾人は、文科のクラスでは4、5人。最も多い理科乙類(医師を目指すコース)でも十数人しかいない。入学試験には台湾中の秀才が集まり、しのぎを削ったのである。

 「ボクは11歳のとき、父に小学館の児童百科事典を買ってもらい、それを朝から読んでいるような子供だった。知識が豊富で我(が)が強く、学校の友達では相手にならない。古事記や源氏物語も中学のときに読んでしまっていたから(台北高の)入試の国文・漢文は百点。先生もビックリしたそうだよ」

 ◆厳しく愛情にみちた時間

 李登輝にとって、台北高での学生生活は「厳しくとも愛情に満ちた時間」であった。

 多くの旧制高校の生徒がそうであったように、猛烈な勢いで古今東西の古典を読破し、先哲との対話によって思索にふけり自分の内面と向き合った。「死」とは何か、「人生」とは、「李登輝」とは…。

 中でも、人生において大きな影響を受けた本が3つある。トマス・カーライルの『衣裳(いしょう)哲学』、ゲーテの『ファウスト』、倉田百三の『出家とその弟子』。そしてその先には、新渡戸稲造の『武士道-日本の魂』との出合いがあった。新渡戸に強く惹(ひ)かれた李登輝は、やがて、彼と同じく農業経済学を志すことになる。

 「高等学校では他ではできない勉強ができたように思う。自分の内面と向き合い、自分の心を客観的に取り出す。それは、その後のボクの人生の糧になるような『人間を作り上げる』最初の時間だったんだ。先生方も一流ぞろいだったね」

 こうした濃厚な時間を共に過ごした台北高の恩師や仲間たちは李登輝にとって特別な存在だ。平成19年に来日し東京都内で歓迎の会が開かれたときには、東京の同窓会「蕉葉(しょうよう)会」のメンバーが壇上で歌う『獅子山頭に雲みだれ』の輪に突然、李登輝が加わるハプニングがあった。「仲間意識は強いね。会うとたちまち“昔のまま”に戻ってしまうんだよ」

 90周年の記念大会ではこんなことも語っている。台北高時代には日台のクラスメートの間に民族的な微妙な心理が存在していたものの自由、自治の学風によって、こうした矛盾を超越して学校生活を送ったこと。「あの時に確立した誼(よしみ)はその後も絶えることなく続き、今日の台湾と日本の交流の懸け橋になっております」と。

 ◆「リーダー」がいない日本

 旧制高校のように人間形成を重視した教育や武士道精神に基づく道徳心…。李登輝は、かつて身をもって体験した「日本の教育」や「日本の精神」を高く評価している。それは今も変わっていないのだろうか。

 「東日本大震災の日本人の態度には、世界中の人々が頭を下げました。混乱の中でも秩序を守り、互いに思いやる心を忘れなかった。今の若い人たちの中にもこうした『日本精神』を持っている人たちがいる。ただね、今の日本には『リーダー』がいない。20年近くもデフレが続き、その間に10人以上の首相が代わった。安倍さん(晋三首相)も古い自民党の体質に縛られてしまうとダメですよ」
李登輝は、国のリーダーは2つのことだけを考えていればいい、と思う。『国家』と『国民』のために奮闘することだ。「個」の利益ではなく「公」の利益のために行動し、高い精神性と大局観を持った人物だ。

 「戦争が終わって、アメリカは日本の軍閥を潰し、財閥を潰し、そして学閥を潰した。つまり、旧制高校-帝国大学というリーダーを養成する制度です。リーダーを養成する教育システムは、アメリカにもイギリスにもある。1つ2つでいい。国のリーダー養成を専門に行う学校を作っておくべきだろう」

 李登輝は、かつての旧制高校を復活させよ、と主張しているのではない。その精神を生かしながら別な形でリーダーを作り上げる学校を設ける。一般の学校ではやらないようなカリキュラム、たとえば軍事関係を勉強したり訓練を課したり。もちろん幅広い教養やスポーツも身に付けさせる学校だ。
台湾ではいま、日本の旧制高校の教育や精神を見直す機運が出てきている。それは李登輝にとってもうれしいことだ。日本から修学旅行の高校生が来ると、「日本の良さ」や「かつて台湾で日本がやった仕事」について教えることにしている。日本の学校では、ほとんど教えないことだから、高校生たちはビックリするという。

 「今の日本の教育は、自虐的で日本の良さを教えていない。歴史は歴史、ありのままでいい。いい悪いではないんだよ」
 =文中敬称略(台湾・淡水で 文化部編集委員 喜多由浩)

 ◇台北高等学校(旧制)
 1922(大正11)年、日本統治下の台湾・台北に、外地の高等学校としては初めて設立された。7年制(尋常科4年、高等科3年)で、台湾人生徒は全体の約2割、医学部進学を目指す理科乙類に多かった。終戦にともなって台北高は廃校となり、台北高級中学に改称。校舎は現在、台湾師範大学となっている。主な出身者に、作家の邱永漢、大原一三元農水相、小田滋元国際司法裁判所判事など。外地の旧制高校はほかに旅順高(関東州)があっただけ。
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by ritouki | 2013-01-06 23:47 | イベント