台北事務所の活動をお伝えします


by ritouki

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白花油

 暮れも押し迫り、今年も残すところ数時間となりました。ただ、台湾の社会は旧暦で動くため、大晦日といっても日本のように慌ただしい気配はいっこうに感じられません。
 とはいっても、今夜は台北101で恒例の花火大会、しかも馬政府曰く、来年は中華民国”建国100周年”だとか。そこで、例年よりもかなり大仕掛けの花火になるということで、夕方6時から市内東部は完全交通規制になります。そのため、東区方面へ帰宅する人は交通規制が始まる前に帰ろう、ということで道路は大渋滞のようです。

 ところで台湾お土産といえば皆さんは何を想像されますか?パイナップルケーキや烏龍茶など、何度も台湾へいらしている方には定番過ぎて他に何かいいお土産はないかと案じている方もいらっしゃるかと思います。
 そこで、「白花油」をご存知ですか?言ってみれば気付け薬のようなもの。この油を数滴垂らして鼻の下やこめかみに塗ると、スーッとして鼻の通りがよくなったり、頭がスッキリしたり。虫刺されにも効くとかで、台湾人のおばさんのカバンには必ず入っていると言っても過言ではないほど。言うなればタイガーバームやメンソレータム、オロナインのように万能薬として親しまれています。台湾大学の図書館でも、勉強に疲れた学生が首すじに塗っている姿を時折り見かけます。
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 元々の発祥はタイガーバーム同様、シンガポールですが、後に拠点を香港に移し、アジアで大人気となりました。台湾ではコンビニでも数十元で手に入る手軽さです。ただ、タイガーバームなどに比べると、知名度がいまいちのためか、日本ではあまり知られていないようです。
 安価で台湾ならどこででも入手できる「白花油」、次回の訪台のお土産にいかがでしょうか。

 大晦日になぜこんな記事を書いたかというと、渋滞回避のため、タクシーをやめてMRTで移動中、こんな広告を見つけたからです。
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 ちょっと見にくいですが、「以下のような症状が現れたら『白花油』をお使い下さい」として、左から2番目は「イケメンを見て全身がカッとなったり、めまいを起こしたとき」。3番目は「あぁ~自分も年をとったなぁ、と感じたとき」。4番目は「しょっちゅう空想してみてはクラクラしている方」などなど。イラストもレトロでひねった広告に思わず写真を撮りました。

 本年のブログ更新はこれで最後です。
 また来年も日本李登輝友の会台北事務所を引き続きよろしくお願い申し上げます。
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by ritouki | 2010-12-31 18:22 | イベント

進むか?! 遺骨収集活動

 今月9日には、アルピニストの野口健さんを招いて台北で講演会を開催。23日の天皇誕生日には、東京で本会主催の忘年会「日台共栄の夕べ」が開かれ、こちらでも野口さんに講演いただきました。
 その講演の中で、野口さんはまず自分が登山を始めたきっかけを皮切りに、清掃登山、環境保護活動、そして遺骨収集活動へと話題を移していきました。そして、東南アジアでの遺骨収集を通じ、当時の台湾人も日本兵として出征したことを知ったのです。

 ところで、先般、菅直人首相が遺骨収集活動を推し進めることを明言しました。これに対し、野党などからも批判の声があがりましたが、野口さんはツイッターで管首相の姿勢を評価しています。ちょっと長いですが、野口さんのコメントを拾ってみます。

 「菅総理の硫黄島での遺骨収集チームには期待したい。総理自らが現場に訪れる事に大きな意味がある。自民党の中から一部批判的な声が上がっているようですが、この件に関してはこれまでほったらかしにしてきた自民党の責任は大きい。

 元厚労相の尾辻氏は大臣の頃から遺骨収集について『いずれ幕引きを考えなければ』と発言。ならば氏が厚労相時代、どれだけ真剣にこの活動を取り組んできたのか。氏は菅氏について『遺骨収集は厳しい。途中で放り投げるのでは』と、でもあなたはその途中まですらやらなかったのではないかと問いたい。

 また菅氏をフォローするつもりはないけれど遺骨収集に関し菅氏は野党時代から国会質問等で「国の責任でやるべき」と自民党政権を追求。そして今回の硫黄島の視察に繋がったわけで、尾辻氏が菅氏の遺骨収集に対し『思いつき』と表現されているがそれは違う。無意味な足の引っ張り合いだけはやめてほしい。

 この問題に必ずしもイデオロギーは必要ない。ましてや『自民党だ』『民主党だ』などと色分けする性質のものでもない。国を上げて超党派で取り組んで頂きたい。この活動で日本人同士が争えば国の為に戦い亡くなっていった英霊に対しあまりにも情けない。」

 野口さんは遺骨収集について「オールジャパン」で取り組もう、と主張し続けてきました。この問題に関しては民主党が好きか嫌いかの問題ではなく、反対のための反対で横槍を入れるような批判は慎んでもらいたいものです。
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by ritouki | 2010-12-29 19:03 | イベント

台北マラソン完走!

 今日は朝もはよから「2010 台北富邦マラソン」に参加してきました。スタートは午前7時。スタート地点となる台北市政府付近は交通管制が敷かれて混雑することや、荷物を預けるのに並ばなければならないということで公館をタクシーで5時半に出発。一緒に参加する後輩たちと相乗りです。
 そもそも、このマラソン参加は台北稲門会の先輩の”厳命”によるもの。コース種類はフルマラソン(42.195キロ)、ハーフ(約21キロ)、9キロがあるのですが、なぜか雰囲気に飲まれてハーフを選択する羽目に。練習不足とも相まってかなり不安な船出です。
 会場に着くと、もうすでにかなりの参加者たちが着替えや準備運動に大忙し。まだ夜が明けきらず肌寒いですが、皆さん元気いっぱいです。
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 いよいよスタート。とはいっても、参加者11万人を数えるわけですから一斉にスタートというわけにはいきません。事前に配布されているICチップを靴ひもに付けておくと、自動的にスタート時刻が記録されるという仕組み。コース上には数か所のチェックポイントがあるため、後ほどHP上で自分がどのくらいのタイムで走ったかを確認することが出来ます。
 台北101のお膝元、台北市政府前広場をスタートした後は仁愛路を西へ。普段は車やバイクで混雑する道も、今日だけは特別待遇。まだスタート直後というだけあって皆さん元気です。この仁愛路は並木が整備されていて、道の両側にもブランドショップや時おりニュースにも登場するような超高級マンションが立ち並んでいます。
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 続いて台大医院のところから中山南路へ。こちらは総統府も近く、官庁街なのであまり人通りがありません。9キロコースの人はここで折り返しです。普段は混み合う忠孝東路との交差点も交通管制のおかげでスイスイ。ここら辺から少しずつ歩き始める人が出てきました。スタートから大体5キロくらいでしょうか。見慣れた晶華酒店や国賓飯店の前を通り、中山北路を北上します。途中、たくさんの応援団が繰り出してランナーを励ましてくれています。中には銀行の制服で歓声を送るグループも。それもそのはず、「台北富邦マラソン」の「富邦」とは、銀行や証券会社、保険会社などを擁する一大金融グループなのです。
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 さぁ、いよいよ圓山飯店の屋根が見えてきました。圓山飯店あたりで大体コースの半分といったところでしょうか。ふと振り返ると、さっきスタートした台北101がこんなに霞んで見えています。果たしてあそこまで帰れるんでしょうか。
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 圓山飯店を過ぎると、単調な基隆河の堤防沿いの道が続きます。堤防の上ならば、もしかしたら今話題の花博が見えたかもしれませんが、この道は景色が変わらず、単調のためか精神に応えます。ここで歩き始める人が続出。かくいう私もその一人です。
 なんとか堤防沿いをクリアしていよいよ基隆路へ。ここから台北101までは一本道です。まだ遥か先に見える101ですが、さっきよりは確実に大きくなっています。途中、「乾杯焼肉」のオーナー、平出荘司社長が沿道から盛んにランナーを送っている姿に遭遇しました。
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 途中、バナナを頬張りながらいよいよラストスパート。長かったようで何とか残り1キロまで漕ぎつけました。もうここまで来ると足が思うように上がりません。最後くらい走ってゴールしようと思っても、足が思うように動かないのです。それでもなんとか頑張ってゴールへ到着。ゴールではたくさんのスタッフがタオルを掛けてくれたり、ドリンクを配布してくれました。
 「21キロ」と聞くと、完走できるかどうか恐れをなしていましたが、タイムはさておき(約3時間)、走ってみると何とか完走することが出来ました。来年も参加するかどうか?はともかく、貴重な経験になったのは確かです。
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by ritouki | 2010-12-19 16:52 | イベント
 今夜は台湾教授協会の募金パーティが、18時から台北魚市場の中の日本料理レストラン「一郎」で開かれました。
 台湾教授協会は、その名の通り、主に大学の教授陣で構成される団体ですが、台湾の民主化に大きく貢献し、現在でも台湾の本土化を主張し続けています。
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 国際法の恩師の李明峻先生から誘われ、今日はそのパーティにお邪魔しました。メインテーブルには、台湾独立運動家で、『台湾人四百年史』の著者、史明さんの姿が。スピーチに登壇した史明さん、御年92歳とは思えぬ大声で台湾の独立を改めて主張、700人近い出席者から割れんばかりの拍手が送られました。
 所用があり、先に退出してしまいましたが、後半では民進党の蔡英文主席も登壇してスピーチされることになっています。
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by ritouki | 2010-12-18 23:08 | イベント

明日、台北マラソン

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 明日19日は台北市内で「台北富邦マラソン」が開かれます。「富邦」とはスポンサーになっている富邦グループのことです。
 マラソンなんて高校時代以来やっていませんが、稲門会の先輩方の”厳命”により、出場せざるを得なくなりました。走る距離は、フルマラソン・ハーフマラソン・9kmの3種類ですが、私はハーフにエントリー(本当は9kmで勘弁してほしかった)。
 今日は当日使うゼッケンなどを取りに行きます。備品受け取り会場は、マラソンのスタート地点から目と鼻の先。入口では同じように品物を受け取りに来た人たちが行列を作っていました。
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 受け取ったものは、Tシャツやゼッケン、ICチップ(このチップを靴ひものところにつけて走ると、自動的に各チェックポイントを通過したタイムが記録されることになっています)、パンフレットなど。ちなみに9kmコースは、台北101そばの台北市政府前をスタートし、仁愛路を西へ。総統府の手前で中山北路へ入り北上。圓山飯店まで北上したら右に折れ、基隆河沿いに東へ進みます。恐らく眼下には花博の会場も見えることでしょう。その後、基隆河に沿って南下し、信義区に戻って来ます。
 明日は7時スタートですが、交通管制や荷物を預ける時間を考慮して5時半に公館を出発。どうなることやら、天気予報ではかなり快晴との予報でした。
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by ritouki | 2010-12-18 18:39 | イベント

生まれ年の『文藝春秋』

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 今日、台湾大学図書館の密集書庫の中にいたところ『文藝春秋』の文字を発見。探してみたら、なんとありました!私の生まれた昭和52年6月号!日本でもお目に掛かったことがありません。台大図書館にはだいたい昭和40年代後半くらいからのものが保存されているようです。
 大きさも題字も(当たり前ですが)今と全く同じですね。表紙には「新自由クラブ徹底的研究」のタイトル。「新自由クラブ」なんて私にとっては教科書に出てくる政党名でしかありませんが、この時はまさに旬だったんですね。
 目次を開くと、新自由クラブの他に、ソ連特集の記事が目を引きます。日ソ問題、特に領土問題はこの当時から論じられてきたのに、30年以上経った今でもまだ解決出来ていないことがわかります。
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 そして、私も毎月面白く読んでいる「同級生交歓」は、、、ありました!なんとこの頃からすでに連載されていたんですね。でも、、、紙面に登場する人たちはほとんど知りませんでした。確かに企業のトップの方などは、私が生まれた時にトップだったわけで、今では鬼籍に入られている方も少なくないと思われます。
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 それから、車の広告。なんだかデザインがレトロですね。私の子供の頃の写真に出てくる車もみんなこんな形をしていました。ということは、今、巷を走っている車のデザインも30年後には影をひそめていて、今では思いつかないようなデザインの車が全盛を極めていることになるのでしょうか。
 そして驚いたのが、テレビの広告。画像はSONYのものですが、他に松下のものもありました。ちょっと見にくいですが、なんと新機能として「これからはチャンネルをまわさなくてもすみます」とか「離れた所からチャンネルを変えられる機能搭載(リモコンのこと)」とか、いやー懐かしい!私が子供の頃、お茶の間にあったテレビは木枠模様でしたし、お約束で天板にはレースの敷物をかけ、どっかの温泉で買ってきた置物がありました。チャンネルはボタンで変える方式でしたが、リモコンはなかった(壊れていた)ので、寒い冬はコタツの中から体を伸ばして変えたものです。もう一台のほうはチャンネルをまわすタイプ。ガチャガチャまわしすぎると空回りしちゃったりして。私が物心ついた頃から中学生くらいまではお世話になっていたような気がします。それを思うと、昔のテレビは頑丈だったんでしょうか。
 そして極めつけはコレ!カゴメのトマトジュースの広告ですが。この男性は誰でしょう?この角刈りは『西部警察』を思い出させます(小学生のころは夕方の再放送を毎日見てました)。石原軍団の団長、渡哲也さんですね。なぜか台湾で、小さい頃の思い出に浸るとは思いもよらない経験でした。
 ただ、一つ気になるのは、昭和52年といえば、白色テロの時代。日本語の書籍や新聞は持ち込みが厳禁されていた頃です。大学図書館で閲覧するのはOKだったんでしょうか。よく見ると、雑誌の後ろには「鴻儒堂書局」と「95$」というハンコがあります。機会を見つけて調べてみようと思います。
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by ritouki | 2010-12-16 16:42 | イベント
 9日(木)に台北講演会を行い、翌朝にはトンボ帰りで東京へ戻られた野口健さん。そして夕方にはまた城内実・衆議院議員のパーティで講演されたそうです。いやはやそのパワーに恐れ入ります。
 12日(日)付の産経新聞には野口さんの記事が出ています。残念ながらこの記事には「台湾」のことは出てきませんが、将来、野口健といえば登山、清掃登山、環境問題、遺骨収集、そして「台湾」と言われるように、もっともっと私たちもサポートしていきたいと思っています。
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by ritouki | 2010-12-12 08:31 | イベント
 本日は、西村眞悟先生ご一行に同行してきた片木裕一・本会事務局次長と、2月に行われる天燈まつりの下見に十分へ出掛けました。昨日から、台湾へ遊びに来ていた本会愛知県支部のOさんも飛び入り。台北駅発8:54の台鉄で出発します。
 途中、七堵駅で乗り換え。ここから十分や平渓方面へと向かいます。やって来た電車は3両編成。車体には、天燈でその名を馳せる街らしく、天燈のイラストが描かれています。
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 十分駅で下車した私たちがまず実行したのは天燈上げ。これは片木さんの希望。なんでも天燈を上げている写真を年賀状に使いたいんだとか。同行したOさんも天燈に興味深々、色によって願いごとが変わるようで(金運や結婚運など)、結構真剣に悩みつつ選んだあとはいよいよ好きな文言を天燈に書きこみます。
 年賀状用に使いたい片木さんはもちろん「謹賀新年」、Oさんはやはり「日台共栄」に落ち着きました。後ろを通りかかる台湾の皆さん、日本人がブツブツ言いながら何やら書いているのを興味深そうに見ながら通り過ぎていきます。それを後ろで眺めているのもまた面白い光景でした。
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 ところでこの十分の街は、線路沿いというよりも、線路のわきに商店街が連なっています。画像を見ていただければお分かりになる通り、人と電車が近い!電車が走っていない時は、皆さん線路に立ち入って写真を撮っています。「こんな柵もないところで危険じゃないの?」という声が聞こえそうですがご心配なく。電車が来そうになったら周りの人が「あぶねーぞー!電車が来るぞー!」と声をかけてくれます。これもまた台湾ならではの風景。事実、二人が天燈に一生懸命書いている間も、目の前を電車が通り過ぎていきます。

 さて、無事に天燈上げも終わり、続いて向かったのは「樓仔厝」という民宿。民宿と言っても、1Fはカフェ兼レストランになっていて、2Fが宿泊施設です。「民宿」と聞いて、古いイメージを持っていましたが、意に反して居室はどこかのペンションのような雰囲気。ここなら快適に過ごせるでしょう。この目で確認出来たことで、下見に来た甲斐があるというものです。
 また、来年2月の下見に来たということで、オーナーの胡さんが色々と案内してくれました。この胡さん、ちょっとした発明家です。従来使われていた天燈は環境保護をあまり考慮されておらず、また持ち運びにも不便でした。改造してコンパクトに折りたためる天燈を発明した胡さん、なんと特許申請まで済ませています。
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 その後、十分の街を散策して昼食。片木さんは夕方の飛行機に乗らないとならないため、午後12時59分発の電車で再び台北へ戻ります。帰りの電車の運転士さんはとってもフレンドリー。操縦室のドアを開け放して、乗客に話しかけてきます。私たちが日本人と分かると、タブレット(単線の衝突事故を防ぐための通行証のようなもの)を見せてくれたり、「次のトンネルを出るといい景色だから写真を撮りなさい」と教えてくれたり。そのアドバイスに従って、カメラを抱えたカップルが一生懸命撮影していました。
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 本会では、2月に幻想的な天燈まつりを体験するツアーを開催します。詳細は本会HPなどでご案内します。
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by ritouki | 2010-12-11 23:12 | イベント

西村眞悟先生来台

 今日は西村眞悟先生ご一行がいらっしゃいました。西村先生以下、「西村塾」という西村先生の主張に賛同する支持者の方々およそ30名です。アドバイザーとして本会の片木裕一・事務局次長が同行しています。
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 本日午後は李登輝元総統にお目に掛かり、夜は台北市内の兄弟飯店で蔡焜燦先生主催の歓迎晩餐会です。宴席には自由時報の呉阿明・董事長にも足をお運びいただきました。蔡先生からご指名を受けた呉阿明・董事長ですが「挨拶は短くね」との一言に「僕はね、ステージに上がったらちょっとやそっとじゃ下りないんだ」と返して一同爆笑。「日本人の皆さんにはもう大和魂はないでしょう?台湾の私たちにはまだ大和魂が残っていますよ」と話す呉董事長の話しに皆さんじっと耳を傾けていました。
 その後、楽しい食事に台湾の美味しい老酒が入れば宴は最高潮。西村先生が「高校三年生(替え歌)」を披露すれば、もちろん蔡先生も黙ってはいられません。次々とマイクがまわり、名残りつきない楽しい会は盛会のうちに終わりました。
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by ritouki | 2010-12-10 21:22 | イベント
 本日午後7時から、台北にて本会主催の野口健さん講演会「台湾からの恩返し 日本の元気を台湾から取り戻す」が開催されました。
 会場となった台大校友会館では、午後6時半の開場を待たず、来場の方々の姿がちらほら。入口わきには、今年7月に本会が仲介して対談した李登輝元総統からのお花も飾られて来場の方を迎えます。
 事前準備では、交流協会台北事務所や台湾日本人会、友愛グループ、台湾歌壇など、あらゆる日台関係機関や団体のご協力をいただき告知に務めましたが、平日の開催ということもありどのくらいの方々にお集まりいただけるか不安でした。しかし、フタを開けてみれば、120席用意したイスが開演直前にはほぼ埋まる大盛況。急遽10席を増やしましたが、最終的にはそれもほとんど埋められました。また、台湾アサヒビール様からは「日台交流にお役立て下さい」とペットボトルの「十六茶」をご提供いただきました。ありがとうございました。
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 講演会前には、共催いただいた台湾李登輝民主協会の蔡焜燦理事長も駆けつけ、貴賓室で野口さんと懇談。後で聞いたところ、蔡焜燦理事長は野口さんに「あなたはまだ30代。あと50年生きられる。台湾を知ってしまったからには、これから50年、日台関係のために頑張ってもらわなくてはいけないよ」と激励されたそうです。
 いよいよ開演、まずは蔡焜燦理事長から挨拶。「日本の元気を台湾から取り戻すというが、そんなことされたら台湾には何も残らなくなってしまう」と笑いを誘った蔡先生。「しかし、野口さんは登山ばかりか、富士山やエベレストの清掃活動、そして遺骨収集と、日本人が忘れかけている”公”の精神を発揮して頑張っている。日本と台湾の縁はは切っても切れない関係の深い間柄。これから、もっともっと日台関係を発展させてくれると期待している」と仰っていただきました。
 冒頭では、野口さんの今までの活動を紹介する15分ほどの映像を流しました。プロフィールを紹介するよりも、目で見ていただいた方がより分かりやすいだろう思っていましたが、まさにエベレスト登山の過酷さやゴミの山の実態、遺骨収集の過程などが簡潔にまとめられており、来場された方に大きな印象を与えた様子です。
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 そしていよいよ講演がスタート。まずは少年時代のエピソードを切り口に登山を始めるきっかけになったイギリス時代の高校生活まで。ユーモアをまじえつつもテンポよく進む野口さんのトークに、参加者の皆さんはどんどん引き込まれていく様子。
 エベレスト登山の失敗で容赦なく受けた批判の嵐で社会というものを知る。登山途中、目の前で仲間が死んで行き、遺体を収容することもままならない。「命」というものを目の当たりにした野口さんの、時に切れ味鋭く、同時に人情味もあって、しかもスムーズな講演に来場の方々から大きな拍手が送られました。
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 講演終了後、野口さんのもとには記念撮影やサインを求める人たちが殺到。日本人学校に通うお子さんたちから質問されると丁寧に答えていたのが印象的でした。2時間近く、立ちっぱなしでの講演、その後の質疑応答、子供たちや留学生との写真撮影やサインなど、野口さんは私たち以上に疲れていたはずなのに、そんなことはおくびにも出さずパワフルそのもの。このパワーがエベレスト登山をはじめとする様々な活動を支えているのでしょう。

 会場を後にした野口さんは「あ~お腹すいた」。ということで、台湾海鮮料理レストラン「好記」へご案内。その後、ビールや紹興酒を片手に先ほどと変わらぬパワフルさでまたまたおしゃべりに興じる野口さんに、私たちはあっけにとられるばかりでした。
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by ritouki | 2010-12-09 20:48 | イベント