台北事務所の活動をお伝えします


by ritouki

<   2011年 01月 ( 12 )   > この月の画像一覧

 台湾大学前の誠品書店へふらりと立ち寄ると、店頭の大きなポスターに見覚えのある菩薩顔。かの許文龍さんが口述した新刊『零與無限大 許文龍幸福學』(早安財經文化)が出版されていました。帯には「12年の歳月をかけた、唯一の口述録」のフレーズが踊っています。
b0199170_22282768.jpg

b0199170_18333624.jpg

 期末試験で忙殺されていたので、書店へはとんとご無沙汰だったため、これまで全く気付かず。奥付を見ると2010年12月29日発刊となっていますから、まだ発売されてからひと月も経っていないようです。
 書店入り口には平積みされており、なんと発売記念として「奇美クラシック音楽CD」がオマケで付いてくるとか!これは早速買わねば・・・ということでレジへ直行。まんまと出版社のオマケ作戦に乗せられた気がしなくも有りませんが良しとしましょう。
b0199170_3532760.jpg

 本書は許文龍さんが考える「幸福」を軸として、言わば人生哲学を語ったものを、林佳龍氏が構成したもの。林佳龍氏は昨年11月の五大都市選挙で民進党側の台中市長候補の一人に名前が挙がっていましたが、候補者選び途中で出馬を辞退。後に、蘇嘉全候補の選挙対策責任者として、国民党の牙城といわれた台中市の現職、胡志強市長に大善戦しました。
 とはいっても、「幸福学」が主題ですから、パラパラとめくった感じでは日本に関する話はあまり出て来なさそうです(まだじっくり読んだわけではありませんが)。
 2005年、会社や社員を守るためにやむなく「転向声明」を出し、一線を立退いた許文龍さん。その後、奇美実業もiPhoneの部品製造などで知られる鴻海の傘下となり、メディアに登場する回数も減っていました。
 2008年12月22日、台北市内の国賓飯店で開かれた「台湾歌壇、40周年記念式典」では、お元気にヴィオラを奏でる姿がありましたが、それ以来お目に掛かっていません。時折り、台北へもお出掛けになるそうですが、まだまだお元気で、時には日本人への叱咤激励をしていただきたいものです。
[PR]
by ritouki | 2011-01-24 23:52 | イベント

台湾は朝も早い!

 夜市でにぎわうイメージのある台湾ですが、朝は遅いのか、というとそうではありません。
 今朝は早起きして台中市中心部の第二市場へ。
b0199170_1905352.jpg

 ここは日々の食材から衣類、雑貨、そしてちょうど今が書き入れ時のお正月グッズ(農暦の新年が近いため)を売るお店が軒を連ね、いつも市井の人々で賑わっています。朝7時前なのでさすがに閑散としていますが、やはり朝ご飯屋さんはすでに盛況。こちらは鉄板で焼くものとスープがメイン。うっかりして写真を撮るのを忘れましたが、今朝選んだのは、大根餅に両面を焼いた目玉焼きを乗せて台湾ならではの甘じょっぱいソースをかけたものとスープ。スープにはつみれ団子や鴨の血をゼラチンで固めた鴨血糕がたっぷり入っています。
b0199170_1905654.jpg

 この第二市場には、他にも台中人なら知らない人はいない肉まんとワンタンのお店など、なかなかガイドブックには載っていないお店もあり、台湾の人々の日常を覗くことができます。

 ちなみに、この季節、毎日がほとんど雨で、湿度が高く、凍えるような寒さの台北と違い、台中は日中ならコートもいらないくらいの暖かさ。台中が首都だったらなぁ、、、と誰を恨んでよいのか分からない愚痴がこぼれます。
[PR]
by ritouki | 2011-01-23 07:47 | イベント

李登輝ロード?

 今日は旅先で見つけたグッズをご紹介します。
 まずは画像を見て下さい。台湾の高速道路や国道に掲げられている標識をそのままストラップ(キーホルダー)にしたもの。有名な路線や名所など、数十種類が用意されていて、自分が訪れた地名や住んでいる路線(中山北路や羅斯福路など)にちなんだものをお土産にしたりするのもいいですね。
b0199170_1942293.jpg

 さて、こちらの「登輝大道」。もちろん、説明するまでもなく李登輝元総統のお名前から付けられた省道の名前です(台湾省が廃止された現在でも「省道」という規格は残っています)。

 MRT淡水駅の一つ手前、紅樹林駅の前の大通りを少し淡水方面へ進むと左右に分かれるY字路にぶつかります。左へ進めば淡水市街、右へ進むとそこから「登輝大道」の起点です。なぜこの道が「登輝大道」と名付けられたのでしょうか。インターネットで検索しても、公式な情報は見つけられませんでしたが、恐らく、Y字路の右側の道を延々進むと、李登輝元総統の生まれ故郷である三芝へと繋がるから、というので間違いないでしょう。そもそも、「登輝大道」というのは行政上の正式名称ではなく、「台二線」と呼ばれる省道の通称として使われています。
 ちなみに李登輝学校へ参加された方にとってMRT紅樹林駅はお馴染ですよね。こちらは李登輝元総統が理事長を務めるシンクタンク「群策会」への最寄り駅ですが、そのためにこのY字路が起点になったかどうかまでは定かではありません。

 このストラップ、親切にもボールチェーンと携帯電話用のストラップの2種類が付属していて、ストラップとしてもキーホルダーとしても使えるようになっています。平渓のお土産屋さんで見つけましたが、こうした「都市標識シリーズ」は台北市内でも何度か目にしたことがあるので、お土産屋さんに立ち寄った際に探してみてはいかがでしょうか。
 それにしても、李登輝元総統のお名前を冠した街道名のストラップ。やはり本会関係者にとっては特別な一品になりそうです。
b0199170_19415088.jpg

[PR]
by ritouki | 2011-01-20 19:41 | イベント
 本会では本年第一弾のツアーとして、1月14日から19日の日程で「認同台湾!日台交流ツアー」を行い、32人の方々にご参加いただきました。このツアー、簡単に言ってしまうと台湾一周。とは言っても、ありきたりの台湾一周ではなく、なんともディープな旅となりました。

 14日の到着日は自由行動。東京をはじめ、大阪発や現地集合の方々もいらっしゃることや、到着時刻もバラバラなので、各自思い思いに夕食を摂っていただくことに。

 翌15日は3グループに分かれて行動。友愛会のご好意で、本会のために特別に開いていただいたミニ勉強会に参加するグループ(今月は忘年会開催で日にちがずれたため)、苗栗まで足を伸ばして鉄道見学、228記念館のガイドとしても活躍する蕭錦文さんを囲んでの食事会に参加するなど、充実した半日を過ごしたようです。
b0199170_4351100.jpg

 その後、一行は台湾新幹線で高雄へ移動。台北と比べるとかなり暖かい高雄ですが、やはり冬本番。夜ともなると風も冷たく、「台湾なのに寒い!」と感じた方も多かったようです。高雄の集合地点となったおみやげ屋さんでは「二宮金次郎」の銅像がお出迎え。
b0199170_4383946.jpg

 翌16日はバスに乗車して一路、竹田の「池上文庫」へ。池上一郎博士が寄贈した書籍で開館した「池上文庫」は「アジア最南端の日本語図書館」と銘打った看板が掲げられ、今年10周年を迎えます。一行はその記念式典に参加。会場では、日本語族の婆ちゃんたちがリコーダーで日本の童謡や軍歌、懐メロを演奏。「同期の桜」や「ここに幸あり」を歌う姿もはつらつと、いつまでもお元気でと願わずにはいられません。
b0199170_436569.jpg

b0199170_4364164.jpg

b0199170_4363456.jpg

b0199170_4382842.jpg

b0199170_4383556.jpg

b0199170_4365094.jpg

 庭のガジュマルの木の下で昼食をとり、竹田を後にした一行は続いて潮音寺へ。このお寺の目と鼻の先には、バシー海峡と台湾海峡が交わり、白い波頭が目に入ります。この海岸には、第二次大戦中、撃沈されて海に散った兵隊さんの亡骸が何千、何万と流れ着いたそうです。
 そのご遺体を引き上げ、埋葬して弔ったのがこちらの「潮音寺」。今も管理人の李おばさんが細腕一本で墓守をしてくれています。感謝を込めて一同で参拝。

 その後、バスは中央山脈を越えて台東へ。屏東をやや北上した後、東へと舵を切り、延々と続く山道を越えると、そこは台東。お昼過ぎまで眺めていた海は台湾海峡でしたが、今、右手に見えるのは太平洋です。
 一行は、一昨年の「八八水害」で被害に遭った地域へ義捐金をお贈りした際にも大変お世話になった長谷川治さんの案内で原住民料理を堪能できる山頂のレストランへ。ピューマ族の子供たちの踊りを眺めながら、差し入れの米酒と高砂料理に舌鼓。夜は台東市内の「公教会館」に宿泊です。

 翌17日午前は台東の市内観光。地元ロータリークラブの方々のご案内で、台東の名所をいくつも廻っていただきました。この日は薄曇りで、緑島は砂浜からかすかに島影が見える程度。「あの島には頭の良い人たちが閉じ込められている」と形容したのは宗像隆幸さん(本会理事)の著書に出てくるガイドさんでしたか。

 昼は市内のレストランで、ロータリークラブの方々と合同で食事会。王会長もわざわざ足をお運び下さり、盛大な会となりました。そもそも、台東との交流は千葉県支部の金光事務局長の個人的な交流から発展したもの。「千葉支部は台東に強い!」というような、支部ごとの強みを生かす交流は、これからの本会の交流活動にとって一つのモデルケースになるかもしれませんね。

 午後はいよいよ、本ツアーの目玉というべき台東県霧鹿の訪問です。一昨年、本会が寄贈した「八八水害」義捐金は、霧鹿小学校の復興へと使われました。今回は、その仲介をして下さったロータリークラブの皆さんとご一緒に、実際に霧鹿へ行ってみようということになったのです。
b0199170_4384471.jpg

 台東の市内から霧鹿までバスで2時間!延々と続く山道に人家は見当たらず、どうやって生活しているんだろうと心配になるほど。やっとちらほら見え始めた人家の向こうに霧鹿小学校が見えてきました。こちらの小学校、児童数はなんと総勢27名。すべてが原住民の子供たちです。
 先生はふもとの台東市内から通ってくるそうですが、残業で遅くなると帰れないため、宿舎も用意されているそう。ちょうど下校時刻にあたったため、子供たちはきちんと整列して先生の話を聞いています。「気をつけ、休め!」の号令はやっぱり気持ちいいですね。
 その後、学校の裏山に残されているというロシア製の大砲を見学。来歴やこの場所に置かれている理由についてはいまいちハッキリしませんでした。
b0199170_4385316.jpg

 夜は宿泊先の「天龍大飯店」で温泉を堪能。その後はなんと、昼間会った子供たちが高砂族の踊りを見せてくれるそうです。その前にこちらもサービスで伝統の「餅つき」を体験。臼は日本のものとほとんど同じですが、杵は棒のような形。参加者一同、少しずつ頑張ってもらって餅の完成です。

 そして、高砂族の女の子たちに踊りを見せてもらった後には、参加者全員も参加して一緒にダンス。みなさん、足をもつらせながらも、楽しいダンスのひと時を過ごしました。そんな子供たちに、ツアーに同行していただいた阮美[女朱]さんからお菓子のプレゼント。
 「本当はツアーの皆さんにお配りしようと思って台北から持って来たんだけど、この可愛い子供たちにあげていいでしょう?」と聞くと、一同からはもちろん異論なく大拍手。でも、子供たち、なんだかモゾモゾしています。ホテルのおじさん曰く「山の子供たちは普段あんまり知らない人と接しないから人見知りするんですよ」。なんとも初々しい子供たちでした。
b0199170_4393814.jpg

 翌18日朝、一行は台東から空路で一気に台北へ。昼から行われた友愛グループの大忘年会に参加しました。なんとも慌ただしいスケジュールでしたが、なかなか普段は見られないディープな台湾をお楽しみいただけたかと思います。
b0199170_4351048.jpg

 翌日は有志で、台北郊外の十分にある台湾煤礦博物館(台湾石炭博物館)へ。現在は廃坑になった炭坑が博物館に生まれ変わり、石炭を運んでいたトロッコにも乗車可能です。ちょうど沿線ではテレビの撮影中でした。炭鉱全盛期、鉱夫たちが汗と煤を流したお風呂も保存されています。
b0199170_4352227.jpg

b0199170_4353140.jpg

b0199170_435388.jpg

[PR]
by ritouki | 2011-01-19 23:34 | イベント

今朝の産経新聞より

 連続で新聞記事ネタですがご勘弁を。
 今朝の産経新聞には、ジャーナリストの笹幸恵さんが菅内閣を「一点だけ、高く評価」して、硫黄島での遺骨収集活動を取り上げています。昨年来から野口健さんが行っている遺骨収集活動をこのブログでもお伝えして来ましたが、こと遺骨収集活動に関しては、まさに野口さんの言う通り「オールジャパン」で臨むべきで、それには与党も野党も関係の無い、超党派での活動が必須です。
 確かに、これまでの管内閣に対しては、とてもじゃないが及第点をあげることはできませんが、この一点だけは評価できる、と書いた笹さんの期待に応えてもらいたいものです。
b0199170_55215.jpg

[PR]
by ritouki | 2011-01-13 05:08 | イベント
 1月11日付の産経新聞朝刊に、本会が昨年12月23日に開催した「日台共栄の夕べ」の記事が掲載されました。執筆は、当日もご参加いただいた同紙編集委員の喜多由浩記者。
 喜多記者は、当日講演していただいた野口健さんの遺骨収集について単行本『野口健が聞いた英霊の声なき声』を書き下ろした方で、遺骨収集活動にも同行されています。
b0199170_23505424.jpg

[PR]
by ritouki | 2011-01-11 23:49 | イベント
b0199170_1910442.jpg

 月刊『文藝春秋』誌上の大型企画、「中国とこれからの『正義』の話をしよう」で、李登輝元総統が尖閣問題について寄稿されています。「美人を見たら自分の妻だと主張する国」と中国を形容し、他者の領土に飽くなき野心を燃やす中国への警鐘と対応策を提示しています。
b0199170_19104539.jpg

 『文藝春秋』発売の翌日、台湾のヤフーではトピックスとして「李登輝:釣魚台(台湾における尖閣諸島の呼称)は日本の領土」と掲載されました。一番大きく報じているのは国民党系の聯合報で、李登輝元総統の主張は中華民国の国策に反するものとしています。また、同日の自由時報(電子版)にも記事が掲載されましたが、こちらは李登輝元総統が『文藝春秋』に寄稿された内容と、従来からの主張を報じただけのもの。
 尖閣諸島問題につき、いかに国民党がナーバスとなり、「尖閣は日本の領土」と主張する李登輝元総統を目の上のタンコブのように思っているかが分かります。
 ちなみに、ヤフートピックスといえば、今や日本でもここに掲載されることが最大の広告効果を生みだすということで、その秘密を探る書籍がいくつか出版されている程の影響力を有しているそうですが、台湾でも同様。李登輝元総統のこの発言は従来から一貫してぶれていないものですが、真実を知らない(洗脳されている)台湾の人々はどう感じているのでしょうか。
[PR]
by ritouki | 2011-01-11 19:09 | イベント

小池百合子先生が来台

 衆議院議員の小池百合子先生が台北へお出でになりました。同行した野田数・東京都議会議員は小池先生の元秘書。野田議員は昨年1月に地方議員視察団の団長として来台された際にご案内したのが御縁で可愛がっていただくようになり、今回もお声を掛けて下さり、同行させていただきました。
b0199170_222667.jpg

 朝一番の日航機で松山空港に到着した一行はそのまま李登輝元総統のご自宅へ。小池先生が1999年9月21日に発生した台中大震災の際、仮設住宅を台湾に贈ったエピソードはよく知られています。あの大地震から10年以上が過ぎ、当時崩壊した台中の日本人学校も今では元通り復興されています。小池先生は元々、台中で開かれる9月の式典に出席される予定でしたが、国会の会期中とぶつかってしまい断念。仕切り直しの来台となりました。
b0199170_222475.jpg

 午後は台北市内の福華飯店で関西学院大学同窓会主催の講演会へ。小池先生というと、「カイロ大学卒」の肩書が有名ですが、関西学院大学に在籍していた時期もあり、「英語以外にもう一つの言語を」ということで、関西学院を飛び出し、エジプトへ渡ったそうです。

 会場は立ち見が出るほどの満席。講演終了後も、記念撮影に並ぶ人が続出で、小池先生もなかなか退出出来ないほど。また、飛び入りで中央ラジオ局のインタビューもあり、マイクを向けられました。
 その後、明日午前に行われる雑誌社「天下」の単独取材を受け、別室へと移動しました。
b0199170_222386.jpg

[PR]
by ritouki | 2011-01-09 22:21 | イベント

虎のごとし

b0199170_20432931.jpg

 バス停にあったポスター。ちょっと見にくいですが「馬路如虎」と書いてあります。
 中国語では道路のことを「馬路」と呼びますので、意味としては「道路は虎のごとし」といったところでしょうか。交通事故も多い台湾、言い得て妙です。
[PR]
by ritouki | 2011-01-08 20:43 | イベント

鍋が恋しい季節・・・

 冬の台湾、特に台北は本当に本当に寒いんです。

 そう言うと、「台湾はマンゴーのとれる南国。そんなわけないじゃない?」という反応が返ってきそうですが本当なんです。
 例えば今日の台北市の最低気温は12度でした。「ほ~ら、東京より断然暖かいじゃない」と言うのは待って下さい!確かに気温だけ比べると日本よりも暖かそうですが、台湾の普通のマンションや大学の寮には暖房というものが備えられていないのです。さらに、台北は京都と同じく、周囲を山に囲まれた盆地のため、湿度が高いので、余計に寒く感じます。また、夏が長い台湾のため、生活の知恵なのでしょうか、部屋の床はタイルになっています。ですから、寒気がまさに足元から上がって来るようでそれこそ芯まで冷えそうです。実際、このブログも室内でダウンジャケットを羽織りながら書いています。

 数年前、初めて迎えた台湾での冬。自分でもまさかこれほどまでに台湾の冬が寒いとは夢にも思わず、コートもマフラーも持ってきていませんでした。ところが急に寒波が押し寄せ、気温は一気に急降下。
 とりあえず間に合わせのものは買い込みましたが、すぐに実家へ電話し、「急いでダウンジャケット送ってー!」と頼みました。
 すると、やはり父親も台湾がそんなに寒いというのが信じられず「バナナがとれるような台湾がそんなに寒いはずないだろう」と返され、「現地にいる人間が寒いって言ってるんだから本当に寒いんだよ!」とケンカになりそうになったこともありました。
b0199170_1475450.jpg

 そんな季節になると、日本でも台湾でも恋しくなるのが鍋。台湾では鍋がポピュラーで、夏でもクーラーがキンキンに冷えた店内で鍋を食すこともあります。しかし、やはり本番は冬。特に年が明け、旧正月が近づいてくる頃は例年一番冷え込む時期なので、「火鍋レストラン」も書き入れ時です。
 期末試験間近とはいえ、どうにもこうにもこの寒さに我慢できず、火鍋屋さんへ。ここは「酸白菜鍋」がウリのレストラン。真ん中が煙突がわりになった鍋が特徴で、中国の満州地方の名物です。
b0199170_1475272.jpg

 漬け込んだ酸っぱい白菜をたっぷりと入れ、豚肉と一緒に煮込みます。鍋は下から熱しているわけではなく、鍋の筒の中に炭が入っており、最上部のフタの部分を開け閉めすることで火力を調整しています。
 こんなに寒いと、考えることは台湾人も日本人も同じ。店内では会社帰りの同僚や友人たちと思しきお客さんで大賑わいでした。
 私たちも汗をかくほどアツアツの鍋を堪能しました。そして、凍えるような部屋へと帰って来たのです。
[PR]
by ritouki | 2011-01-07 23:30 | イベント