台北事務所の活動をお伝えします


by ritouki

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歴史捏造の一環か

 本日付の産経新聞国際面「トレンド現象学」欄では「台湾・年号の表記不統一」について、台北支局の吉村剛史支局長が論じています。
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 台湾にはご承知の通り、総統府に代表されるように、日本時代の建築物が現役として使われたり、古跡に指定されるなど、日本時代の歴史に触れる機会は少なくありません。私自身の感覚としては、説明文の表記に使われる年号は大きく分けて「西暦」「日本の元号」「中華民国暦」の3つです。もちろん、これら全てが表記されている場合もあれば、どれか一つだけの場合ももちろん存在します。

 記事中でも指摘されているように、大まかな流れはあるようですが、日本時代の出来事が西暦と中華民国暦だけで表記されている場合、見る人を困惑させるのが事実です。

 また、例を挙げてみると、こういった事象は古跡や歴史に関する展示に限らないようです。
 例えば、下の画像は先日購入した緑島のガイドブックに掲載されている緑島灯台の説明です。説明には「民国26年、緑島沖で座礁した米国フーバー号の救助に緑島島民が協力したことに感謝し、米国が建設したもの」と書かれています。

 しかし、この説明を一読してすぐに違和感を感じました。「民国26年」といえば1937年=昭和12年の出来事です。この表記では台湾のいつの時代に起きた出来事なのか非常に分かりにくくなってしまっています。

 確かに歴史には光と陰があり、殊更に光の部分だけを取り上げたり、陰の部分を隠す必要もありません。日本時代とひとくちに言っても、評価されるべき点もあれば、非難されるべき部分もあるのが事実です。

 しかも、記事の中で言及されているように「台湾に日本が統治した時代があることは歴史的事実」です。特に、台湾はオランダやスペイン、日本、中華民国といった外来政権の支配を経験し、いまや台湾本土化が進みつつある状況のもと、これまで台湾が歩んだ来し方を正しく教育する必要があります。この「和暦表記」の提案をきっかけとして、客観的な台湾の歴史教育が深化することを祈ります。
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by ritouki | 2011-08-29 18:04 | イベント
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 今夜は、李登輝元総統が主宰し、李登輝学校などを運営しているシンクタンク「群策会」の設立10周年記念パーティが台北市内で開かれました。これは同時に募金パーティともなっていて、パーティの途中では絵などがオークションにかけられ、それを支持者が落札することで寄付出来る仕組みにもなっています。

 本会からも柚原正敬・常務理事や天目石要一郎・日本李登輝学校校友会理事長らがお祝いに駆け付けました。また、パーティには蔡英文・民進党主席をはじめ、呂秀蓮・前副総統、黄昭堂・台湾独立建国連盟主席、羅福全・元駐日大使ご夫妻、許世楷・前駐日大使、黄天麟・前総統府国策顧問ご夫妻、蔡焜燦・李登輝民主協会理事長、黄昆輝・台湾団結連盟主席、蘇貞昌・元行政院長など、まさに本土派大集結といった様相の、錚々たる顔ぶれが揃いました。
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 来年1月14日に行われる総統・立法委員ダブル選挙まであと半年を切り、李登輝元総統も挨拶の中で真っ先に蔡英文主席に触れ、「蔡英文を支持しよう!総統に当選させよう!」と呼びかけました。
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 同時に、馬英九総統が中国との交渉の根拠と主張する「九二共識」の欺瞞を指摘。「九二共識」がなければ中国との関係が悪化し、交流も出来なくなる等と嘯いて台湾民衆の利益を損なっている、と厳しく批判しました。

 そして、蔡英文主席が挨拶したあと、李登輝元総統が揮毫した「群策群力為台湾」の書がオークションにかけられることになり、蔡主席が司会を務めました。最終的に書は200万元で落札されましたが、蔡主席は「落札出来なかった方は次回、私に寄付して下さい」と話し、会場の笑いを誘っていました。
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by ritouki | 2011-08-27 23:54 | イベント
 日程の最終日。午前8時50分発の徳安航空7302便で緑島を後にします。思えば短いながらも充実した緑島滞在でした。
 台東空港に到着すると「国立台湾史前博物館」を見学。ここで、緑島から船で台東に戻ってくる参加者と合流です。慌ただしく見学を終え、台鉄台東駅へ移動。今度は鉄路で2時間半、高雄を目指します。
 高雄では「戦争と平和記念公園」を訪問。許昭栄さんがその命と引き替えに勝ち取った土地には、記念館や記念碑が整備されていました。
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 台湾籍兵士の慰霊のため、許さんが奔走し、最後は命まで捧げた功績を称える碑に献花。
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 一行は、16:30の台湾新幹線に乗車して台北へ。一昨日、台北を飛行機で出発してからほぼ「環島(台湾一周)」したことになります。
 18:06に台北駅着。一行は市内のレストランで白色テロ受難者との晩餐会へ出席。私もぜひ出席してお話しを伺いたかったんですが、群策会のパーティ出席のため、やむなく離脱。
 日本や韓国から来たゲストの皆さんは翌日、無事に帰国されました。
 初めての緑島訪問。考えさせられること、調べなければならないことの多さを痛感しました。次回、もっとゆっくりと再訪したいと思います。
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by ritouki | 2011-08-27 23:00 | イベント
 昼食を挟み、午後は国際交流フォーラム。沖縄や韓国からの参加者が「人権」をテーマに発言しました。写真はひめゆり平和祈念資料館の島袋館長。
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 その後、やはり監獄内にある「新生訓導處」を見学。こちらには、緑島の監獄全景を詳細に再現したジオラマが展示されています。
 また、当時の監獄の様子も実際に入って見学することができます。薄暗い廊下の両脇に狭い獄が並びます。ドアの内側には厚いクッションが貼られており、受難者がドアに頭をぶつけて自殺できないようになっています。「生きることも死ぬことも許さない」という国民党、中国人の恐ろしさに肝が冷えます。
 また、洗脳教育を行った教室には、当時の受難者たちが自分で作った木製の椅子を持ち寄って「授業」を受けていた様子の展示がありました。
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 緑島へと送られた政治犯は主にエリート層でした。中には、日本時代の高等教育を受けた人も多くいます。彼らがほんの束の間の息抜きのためのよすがとしたのが、日本語の書籍であり音楽でした。
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 夕方、人権交流は一旦終了。車で緑島内を一周します。周囲は20キロもないので、1時間もあれば一周することが可能です。
 牛頭山からはちょうど雨上がりの夕焼けが見えました。
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 そして、海参坪からは夕日とともに、朝日温泉の明かりが。
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 緑島一周を終え、夕食後には宿泊先となる「緑島統祥大飯店」へ。
 その後、希望者は緑島名物の朝日温泉へと出掛けました。朝日温泉は世界でも数少ない海底温泉で、日本時代には「旭温泉」という名称で知られていました。温泉に入るには水着着用、砂浜を海辺まで歩いて行って星空を見上げながら入る温泉は格別です。
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by ritouki | 2011-08-26 23:42 | イベント
 緑島空港到着後、さっそく「人権紀念碑」の見学へ。白色テロによってこの島へ流された無辜の人々の名前と判決の年数が刻まれています。バックの青空との対比があまりにも悲しい光景です。眼の前に広がる海の向こうには台東の山々がすぐ近くに見えます。紀念碑のすぐそばには海をバックに記念撮影を楽しむ台湾の若者たち。彼らは緑島の歴史を知っているでしょうか。
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 緑島は日本時代「火焼島」と呼ばれ、1911年には「火焼島浮浪者収容所」が設置されました。戦後、緑島と名前が変わり、政治犯を収容する監獄として数多くの悲しい物語を生む島となりました。李登輝総統による民主化推進により、1992年に最後の政治犯・王幸男氏(現民進党立法委員)が釈放されたことで台湾から政治犯が存在しなくなると、緑島は夏の観光地へと変貌を遂げました。
 しかし、国民党による白色テロの恐怖を後世に伝えるため、島では人権記念パークの整備や、当時の監獄の保存展示が積極的に進められています。
 そして、その役割を担っているのが、今回私を誘ってくれた曹欽栄さんなのです。
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 続いて一行は緑洲山荘へ。「山荘」というと聞こえは良いのですが、公式名称は「緑島感訓監獄」です。周囲を高い塀で囲まれ、十字型に配置された監獄は、中央からすべての監獄を監視しやすいように配置されています。また、政治犯収容所には常のスローガンがところどころに書かれています。
 監獄には収容者の罪状や従順度合いによって、異なる獄へと繋がれていましたが、現在ではすべての監獄が見学可能です。また、当時の監獄の様子や歴史を伝える展示があります。
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by ritouki | 2011-08-26 23:20 | イベント
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 本日は午前8時10分の飛行機に乗るため、朝6時半に起床。台東空港から徳安航空 7301便に搭乗し、15分ほどのフライトで緑島空港へ到着です。
 徳安航空は離島へのフライトが専門の小さな航空会社で、緑島のほか、高雄から澎湖の七美島、台東から蘭嶼島へのフライトも就航しています。機材は小さなプロペラ機なので、20人も乗れないほどの定員です。同行する在台日本メディアは残念ながら席が取れなかったので船利用。台東の港から1時間弱だそうですが、外洋に出るため波が荒く「かなり苦しい」船旅だったとか。
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 出発してしばらくすると、機内に煙が充満!すわ、トラブルか!と思いきや、実はこれ冷房がないかわりの水蒸気でした。わずか15分ほどのフライトで緑島の島影が見えてきます。上空から見ると、小さな島の割に、思いのほか起伏が激しいのがわかります。
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by ritouki | 2011-08-26 23:10 | イベント
 昨年、国際法の恩師、李明峻先生のご紹介で緑島人権テーマパークの展示や白色テロをテーマにしたドキュメンタリー製作を手掛けている台湾游藝設計工程有限公司の曹欽栄さんと知遇を得ました。

 それが縁となり、8月に日台韓の人権交流をテーマにして緑島へ行くから手伝ってくれないか、とお誘いを受け、3日間の予定で出掛けて来ました。
 今日はその初日。台北市内で待ち合わせ、桃園国際空港へひめゆり平和祈念資料館の島袋淑子館長や沖縄県平和祈念資料館の呉屋禮子館長ら、日本と韓国からのお客様を迎えに行きます。最初に集合した際、ビックリしたのは、韓国語の通訳に来たのが、私が台湾大学で韓国語を履修した際の李相美先生でした。

 お客様を乗せたバスは一路台北市内へと引き返し、総統府前の白色テロ受難者記念碑などを見学後、民権東路にある「鄭南榕基金會」を訪問します。1989年4月、言論の自由を求め「国民党が逮捕できるのは私の屍だけだ」と言い残して焚死した鄭南榕のことをご存知でも、実際の現場を訪れたことのある方は少ないのではないでしょうか。もともと編集室だったこのマンションは現在、基金会として当時の現場がそのまま残されています。
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 その後、すぐ近くの松山空港から台東へ。今夜は台東に宿泊し、明日は緑島へ向かいます。
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by ritouki | 2011-08-25 22:51 | イベント
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 黄文雄先生といえば、読者の側が出版のペースに追いつかないほどの驚異的な執筆ペースで知られています。文字通り寝る間を惜しんで執筆活動をされているそうですが、その著書は100冊以上にも及びます。

 ところが、今まで一度も出版記念パーティを開いたこともなかったことから、同志の皆さんが発起人となり、9月5日に東京でパーティが開かれることになりました。今回、出版をお祝いするのが『哲人政治家 李登輝の原点』(WAC)です。

 この本は李登輝元総統のバックボーンとなった哲学を「我」「死生観」「場」「超越」「史観」の5つに分け、ご本人に直接インタビューして書き上げられたものです。インタビューは2009年11月25日、李登輝元総統のご自宅を黄先生が訪ねるかたちで実現し、数時間にも及びました。秋の日もとっぷりと暮れた頃にやっとインタビューが終了し、曾文恵夫人も交えて台湾料理レストランでご相伴させていただいたことを覚えています。
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 今日はその出版記念パーティでのお祝いのメッセージ撮影。淡水にある群策会オフィスで行われた撮影は、素人考えからは想像も出来ないほど大掛かり。聞くと、テレビCMなどを撮影するのとほぼ同じ設備で撮影したそうです。

 ソファに腰掛けた李登輝元総統がプロンプターに表示された原稿を読み上げていきます。モニターを通してみると、まさにCMのよう。終了後は李登輝元総統みずからモニターを通じて映像や音声をチェック。「よし!いいだろう」の一言で無事に撮影は終了。お祝いのメッセージは当日のパーティで流されますのでお楽しみに。

 撮影終了後は、クルーたちと記念撮影にも応じ、苦労をねぎらいました。
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by ritouki | 2011-08-19 23:57 | イベント

明石元二郎総督の墓石

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 今日は南投県にある「国史館台湾文献館」に行って来ました。

 特別展示されている「台湾の5大名家」も気になりましたが、一番の目的はこれ!

 建物の裏手に明石元二郎総督の墓石の残骸が安置されているのです。墓石は一般のものと比べれば相当立派なものだったよですが、ここに残されているのは上部の3分の1程度のみ。

 墓所が元々あった台北の三板橋墓地は戦後にバラック地帯となり、1997年に台北市政府によって整備されましたが、その際にはすでに墓石は消えていたとされています。
 その後、なぜか台北市内の内湖でこの残骸が発見され、収蔵家だった郭双富氏によって国史館に寄付されたとか。何ゆえ内湖で発見されたか、その真相は謎のままです。
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by ritouki | 2011-08-18 23:26 | イベント

「日本人じゃない」

 66回目の8月15日。今年も九段の社頭は慰霊に訪れる人々に溢れました。その反面、首相をはじめとする閣僚の参拝は今年もなし。

 石原慎太郎・東京都知事は例年通り参拝した後、記者団の質問に答えて「あいつら日本人じゃないんだ」と一刀両断しました。石原知事は以前も「公的参拝ですか、私的参拝ですか」と質問した記者に「くだらない事を聞くな。当たり前のことをしただけ」と窘めています。政治家の口からはこうした「人間らしい」言葉を聞きたいものです。

 ‎下の写真は1999年、921大震災への義捐金を携えて訪台した石原都知事。任期満了を控えた李登輝元総統を、後に「サムライの顔をしている」と評しました。
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by ritouki | 2011-08-16 18:15 | イベント