台北事務所の活動をお伝えします


by ritouki

<   2012年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧

 今年3月末のこと。
 以前、お世話になった学習院女子大学の名誉教授、久保田信之先生が主宰する「修学院」が台湾へ研修に行くので、その一環として台湾大学の見学をしたいとの要望がありました。先生のご希望は、台湾大学のキャンパスを見学した後、日本語学科の学生たちと意見交換などの交流を行いたかったのですが、ちょうど日本語学科ではイベントを控えている時期でなかなか学生たちの時間が取れません。
 そこで、台湾の学生たちとの交流に代わるものを考えなければなりません。そこでピンと来たのが「磯永吉と末永仁」の銅像が設置されたという報道です。
b0199170_17183129.jpg

 磯と末永は日本時代の農業研究者・技術者で、それまで在来種とよばれるインディカ米しかなかった台湾で品種改良を続け、美味しくて高く売れるジャポニカ種の「蓬莱米」を完成させたのです。その二人の胸像が台湾大学に設置されたとのことで、胸像製作には、日本時代の台湾に貢献をした日本人の胸像をポケットマネーで数多く作っている許文龍さんも関係しているそうです。

 そこで、調べてみると、農業園芸学部の「育種準備室」に置かれていることがわかりました。この建物は1925年に台北高等農林学校の校舎として建てられ、すでに80年以上が経過しています。台湾大学の前身、台北帝国大学の創立が1928年なので、それ以前に当時富田町と呼ばれたこの場所に建っていたことになります。台北高等農林学校はその後、台北帝大附属農林專門学部となり、1943年には分離して今日の中興大学の前身となりました。この建物は現在、学生たちから「磯小屋」と呼ばれて親しまれています。

 実はこの「磯小屋」、残念ながら一般には公開されておらず、自由に銅像を見ることができません。農業経済系に学ぶ後輩と一緒に探しまわり、やっとのことで管理者を発見。翌週の研修の際に開けて見せてもらえるように依頼しました。
 ※現在では毎週水・土・日に一般公開されています。詳細はHPを。

 磯小屋の周りは、台北の真ん中とは思えないのどかな実験田ですが、向こう側には台北101が見えています。磯小屋は今でこそ台北市の古跡に指定されていますが、それまでは台大の中でも撤去か保存かの議題が俎上に上ったことが何度もあったそうです。

 現在、台大では保存の方向で意見が統一されているようですが、いかんせん予算がついておらず、中に置かれている銅像も「仮設置」の状態だとか。将来的にはかなり老朽化の進んだ磯小屋内部を整理し、磯や末永の功績を展示するスペースを整備していく予定だそうです。
b0199170_22583434.jpg

 そんなことがきっかけで、多少、磯や末永の功績について勉強したのですが、たまたまそれを伝え聞いた日本の出版社から二人の功績について書いてみないかという光栄な依頼をいただきました。
 台湾大学の図書館では、日本で調べようと思ったら大変な手間がかかるだろうとおもわれる資料が簡単に手に入ります。これは、まさに台湾にいるゆえの特権かもしれません。磯や末永が数多く研究結果を発表した『台湾農事報』などもほとんどが保管されています。明治期に発行された号も画像の通り。だいぶ痛んではいますが閲覧には支障ありません。日本時代に残された資料にいとも簡単にアクセスできる、台湾にいることの幸せを感じた原稿執筆でした。
b0199170_22142144.jpg

[PR]
by ritouki | 2012-05-31 22:13 | イベント
本日は台南・嘉義視察の最終日。
嘉義市内の耐斯王子大飯店で朝を迎えた李登輝元総統はホテルを午前10時過ぎに出発。見送りのため、ロビーに整列して迎えたホテルスタッフとにこやかに握手してお別れの挨拶。
b0199170_1830179.jpg

車列は嘉義市を出て嘉義県中埔郷頂埔村にある「彦廷農場」へと向かう。市街地を抜けるとすぐに緑豊富な田畑の風景が広がり、南部に来たことを実感させてくれる。

25分ほど走って農場へ到着。昨夜、歓迎の晩餐会を主催した張花冠・嘉義県長もここから合流。こちらの農場では有機栽培と最先端の科学技術を組み合わせて最新のキクラゲ栽培が行われている。工場と見紛うような広い屋内で、温度管理から収穫後の加工までが機械化されており、清潔な環境で効率的にキクラゲが生産されている。
b0199170_18243953.jpg

李登輝元総統は、担当者の説明にうなずきながら「農業も従来の方法にあぐらをかいているのではなく、常に革新を進めるべきだ」などと話した。
b0199170_18243717.jpg

1時間ほどの視察を終え、一行は同じく嘉義県の番路郷公田村「生力農場」での昼食会へ。ここはもう阿里山へ向かう中腹と言ってもよいほど。

窓からは雄大な阿里山の姿が、と思いきや霧に包まれてその姿は見えず。さすがに山の天気は変わりやすく、昼食の最中でも、太陽が顔を出したかと思えば、すぐに雨が降り出すなど、落ち着かない天候であった。
b0199170_18242625.jpg

b0199170_182431100.jpg

総統を出迎えたレストランのオーナー夫妻は、総統が在任中に一緒に撮影した写真を用意していた。「ぜひサインを」と依頼された総統は、ご自身の座右の銘でもある「誠実自然」の文字を残した。
b0199170_18244137.jpg

b0199170_18242762.jpg

昼食はさすが阿里山のお膝元らしく、阿里山烏龍茶の乾杯でスタート。ワラビや山蘇、地鶏など地元の特産がテーブルを飾った。

昼食後はメディアを前にミニ記者会見。嘉義県の農業などの印象について語った。特に、茶葉に関しては、台北市長時代に台北郊外の猫空の茶葉改革を進めたこともあって知識や経験が豊富。同席した張県長も脱帽した様子であった。
b0199170_18242471.jpg

午後は、台湾新幹線の嘉義駅にほど近い朴子市にある知恵遅れや障害を持つ子供たちのための施設「敏道家園」を訪問。
2000年、スイス人の神父によって設立された施設で、最大200名の子供たちが全寮制で暮らせるになっているという。そんな子供たちが、賛美歌の演奏で総統を歓迎。目を細めて聞き入っていた総統に、訪問の記念として子供たちが作ったカップが贈られた。
また、総統からは施設に対して寄付が贈られた。
b0199170_18243433.jpg

b0199170_18242174.jpg

館内を視察すると、ちょうど子供たちは「アフタヌーンティー」の時間。総統も「およばれ」して席に加わり、子供たちとの記念撮影となった。
b0199170_1824153.jpg


これにて南部視察の行程は終了。
一行は台湾新幹線の嘉義駅へと向かい、16時9分の新幹線で台北へ戻った。
途中、台中駅からは曽文恵夫人が乗車。台中に住むお嬢さんのところへ一週間滞在した帰りだという。「いくら娘のところでも、何日もいるとやっぱり台北の自分の家へ帰りたくなるわ」と笑いながら話す奥様と合流し、総統もうれしそう。
b0199170_18241199.jpg

17時36分、予定通り台北駅に到着し、3日間にわたった南部視察の旅は幕を下ろした。
[PR]
by ritouki | 2012-05-18 21:23 | イベント
南元レジャー農場(台南市柳営区)で台南・嘉義を視察する旅の2日目を迎えた李登輝元総統は午前8時過ぎに起床。
b0199170_03441100.jpg

b0199170_0352823.jpg

園内を巡るカートに乗車して一周しながら朝食会場へ。たくさんの植物が植えられた園内を周る光景は4年前に沖縄を訪問した際、東南植物園を同じくカートに乗りながら見学したことを思い出す。
b0199170_0355222.jpg

楓cafeと名付けられた朝食会場からは眼下に豊かな植生を見ながら食事をすることが出来る。前日に引き続き、黄崑虎・元総統府国策顧問らとともに朝食。

午前10時からは同じ会場を使って、今回の視察に同行したメディア限定の記者会見を開催。次々にメディアからの質問が投げかけられるなか、ひとつひとつの質問に丁寧に答えていった。質疑の中で、総統は5月20日の総統就任式に招待されているものの、私は出席しないほうがいいだろう。今回の選挙は時期を早めすぎたなどと答えている。
b0199170_0362937.jpg

b0199170_2451915.jpg

1時間ほどで記者会見は終了。休憩後、12時から園内のレストランで地元名士を招いた昼食会が開かれた。台聯の黄昆輝主席も駆けつけ、賑やかな会となった。
b0199170_037561.jpg

実はこの南元レジャー農場は、烏山頭ダムから車で15分ほどの距離。なるほどシャワーの水の勢いも良かったわけだ。

午後2時に烏山頭ダムへ向けて出発。「烏山頭区管理処」へと到着すると、嘉南水利会の楊明風会長らが出迎え、台南出身の元外交部長(外務大臣)で現在は民進党立法委員の陳唐山氏も駆けつけた。

パワーポイントを使ったダムの概要説明に熱心に聞き入ったあと、2Fのバルコニーから「珊瑚潭」とも呼ばれる烏山頭ダムを眺める。
b0199170_038376.jpg

そしてカメラを構えるメディアに対しては、このダムがいかに台湾の農業を一変させたかについて即席のミニ講義。

その後、車で八田與一の銅像のところへ向かう。ちょうど日本人観光客が見学に訪れており、突然の総統の登場にビックリした様子。八田與一の伝記を読んでダムの見学に来たとか。
b0199170_0385032.jpg

銅像に献花後、記者のぶら下がりに答えた総統は「八田與一は終戦前、フィリピンに向かう途中で船が撃沈されて亡くなった。終戦後、台湾にいた日本人は日本に帰らなければならなくなったが、奥さんはそれをよしとせず、ご主人の作ったダムに身を投げたんだ。

以前、慶應大学の講演に招かれた時に八田與一のことを話そうと思ったんだが行けなかった。そしたら、産経新聞がその原稿を一面に載せたんだな。八田與一という人は日本精神の代名詞みたいな人だよ」。
そう話す総統の声は時々くぐもっていた。
b0199170_0394471.jpg

車に乗り、ダムを離れる直前、同行していた張粲鍙さん(李登輝民主協会理事)から指差された先にあったのは日本から送られた「絆の桜」。久しぶりに訪れたという烏山頭ダムに、総統も感慨深げだった。
b0199170_0409100.jpg


台南を離れた一行は続いて嘉義へ。嘉義市内にある228記念公園では黄敏恵市長が出迎え。嘉義は市長も県長(知事)も女性という、台湾版「かかあ天下」の街である。

園内の記念館では「關鍵1987(カギは1987)」と題された展示会が開催されている。
1987年、戒厳令は解除されたものの、まだまだ民主化には程遠かった台湾社会で人々が声を上げ始めるカギとなったのがこの年である。

翌年1月、蒋経国総統の死去により、李登輝副総統が総統に昇格し、以降12年の在任期間を通じて、少しずつ民主化へのスピードが加速していったのである。見学後、休憩室でしばし黄市長らと歓談。
b0199170_0412429.jpg

b0199170_041508.jpg

続いて市内に芸術家、呂勝南氏が主宰する「呂勝南交趾陶工作坊」を訪問。呂氏からは地元嘉義で伝統芸術の陶芸作品を作り出すだけでなく、啓蒙活動にも従事しており、総統の健康と長寿を祈って「萬壽無疆」と彫られた作品が贈られた。こちらの工房には、総統在任中に呂氏へ贈った勲章や賞状などが飾られている。
b0199170_0504237.jpg

今日は朝から台南も嘉義も降ったりやんだりの雨模様だったが、不思議なことに総統が屋外へ出るときには雨が止む。実際、昼食会が始まるとどしゃ降りの雨だったのだが、まもなく総統が出発されるという頃になると晴れ間が出て来たのだ。

呂氏の工房を辞去した一行は一旦ホテルに投宿。休憩後、嘉義県長主催の晩餐会に出席するため、嘉義県太保市にある嘉義県長公館(公邸)へと向かう。渋滞する平日夕方6時ごろの出発で、市内からは通常1時間ほどかかるが、一行はパトカー先導のノンストップのため30分で到着。

公館では張花冠県長や県議会議長が出迎え、瀟洒な応接間で歓迎の言葉を述べた。県長からは阿里山のお膝元らしく、ヒノキの大きな贈り物。
b0199170_043573.jpg

「永遠の民主化の父」とは、前述したとおり、李登輝総統の時代に台湾が大きく民主化を進めたことに対する最高の賛辞だろう。
b0199170_0431495.jpg

和やかな雰囲気の中で1時間半ほどの晩餐会を終えて宿泊先のホテルへと戻り、午後9時前に公式の日程は終了した。

明日は午前から嘉義県内の農場や養護学校などを視察し、夕方に台北へ戻ることになっている。
[PR]
by ritouki | 2012-05-17 22:33 | イベント
 4月末に行われた第17回・日本李登輝学校台湾研修団でのこと。李登輝学校を運営する群策会の王燕軍秘書長から「来月、総統の南部視察に随行するか?」と聞かれ、即座に「連れて行って下さい」とお願いした。それに先立つこと2週間ほど前の4月18日から、李登輝元総統は「南部ホームステイ」と銘打って、屏東や高雄の視察に赴いたのだ。

 その際のメディアの報道で、引き続き台湾各地をめぐる「台湾一周の旅」が計画されているとは目にしていたが、翌月には次の視察に向かうとは思ってもいなかった。総統は、大腸癌によって昨年末に開腹手術を受けたばかりなのである。

 とはいえ、李登輝版「台湾紀行」にお伴するのは願ってもないことなので、結果的にカメラマンとして随行することになった。今日はその一日目である。

 総統は台北発13時36分の台湾高速鉄道(台湾新幹線)に乗車し、嘉義へと向かう。南部視察には台湾のメディアも同行取材している。

 15時ちょうどに嘉義駅へ到着。今回の南部視察には、本会の台湾側カウンターパートである李登輝民主協会理事の張粲鍙さんらが台北から同行。張さんは元台南市長である。嘉義駅からは車で移動し、まずは「台湾蘭花科技園区」内にある「東方蘭花事業集団」を視察する。
b0199170_23435744.jpg

 園区では、頼清徳・台南市長、頼美惠・台南市議会議長、黄崑虎・元総統府国策顧問らが出迎え。歓談した後、東方蘭花事業集団の責任者、林明星さんの案内で蘭を栽培している温室の見学に向かった。
b0199170_23473196.jpg

b0199170_2348442.jpg

b0199170_23563892.jpg

 その後、台南市後壁区菁寮村を訪問、黄崑濱さんを訪ねた。前出の黄崑虎さんと一字違いだが縁戚関係はない。黄崑濱さんは2004年に公開された米作に従事する農民の日常を描いた台湾映画「無米楽」のモデルになった人である。
 ご自身も農業経済学博士の李登輝元総統だけに、常人よりも農業への想いは深い。話しは農業、特に米のことに終始したが、総統の口からは烏山頭ダムを築いた八田與一、蓬莱米の父と呼ばれた磯永吉と末永仁など、日本時代に台湾の農業に大きく貢献した先人たちの名前が挙げられた。

 その後、菁寮老街を30分ほど掛けて散策。元総統が、おらが村に来るということで、まるで村じゅうの人々が集まったかのような騒ぎであった。
b0199170_23571975.jpg

 夕方からは、地元の農民たちに向かって演説。100人ほどの農民が押しかけた。
 「40年前、一人が年間に食べる米の量は約135キロだった。現在は30キロにも満たない。若い人たちがダイエットのあまり、米を食べないため、米の販路が狭まってきているのだ。稲作を他の方法と組み合わせることは出来ないか。もし観光と農業を組み合わせることが出来るなら、農業にとって新たな道が開けるだろう」と述べ、映画「無楽米」によって人気の観光老街となった菁寮の街にエールを送った。

 また、昨今の物価上昇によって生活に影響が出ることについて「街へ出てデモをしたっていいじゃないか。それが民主主義というものだ」と述べ、国民が声を挙げることを望んだ。
b0199170_06973.jpg

 演説後、近くの有機栽培の稲田を見学。さすがに農業経済学者らしく、大きく関心を持った様子で農民の説明に聞き入っていた。
b0199170_0104764.jpg

 夜は18時半から、台南市長・台南市議会議長共催の歓迎宴に出席。出席者からサインを求められたり、写真に収まるなど、忙しい一席となった。
b0199170_014444.jpg

 宴席も終わり、今日のスケジュールは終了。総統は血色も良く、演説も以前にも増してパワフルで、開腹手術から数ヶ月とは思えないほどの復活ぶりだ。今後一連の視察を通じて「李登輝復活」がアピール出来ればこの上ないことだろう。
 今宵、一行は台南市柳営区の南元農場に宿泊。明日は烏山頭ダムを見学後、嘉義市内に移動する。
[PR]
by ritouki | 2012-05-16 23:19 | イベント
 まずは下の写真を見て下さい!ドングリなどの木の実、ボタンですが、これらはすべてチョコレートで出来ています。
b0199170_2325367.jpg

b0199170_2325723.jpg

 チョコだけでなく、箱のデザインも秀逸なこのお店は台中の「宮原眼科」。先日の李登輝学校で台中に滞在した際に出掛けて来ました。お店は台鉄台中駅の目の前です。
b0199170_233979.jpg

 このお店を手掛けるのは、パイナップルケーキで有名な「日出」。現在では人気となった「土パイナップル」を使った元祖ともいえますが、なぜか台中市内にしかお店がありません。台北在住者にはなかなか入手できない「幻の」お店です。もともと日出はパッケージやお店のデザインが抜群なことで知られています。
b0199170_2322470.jpg

b0199170_2323068.jpg

b0199170_232339.jpg

 台中駅にほど近い「宮原眼科」は1927年(昭和2年)の開業。戦後は「台中市衛生院」として使われていましたが、後にそれも閉鎖となり、赤レンガの建物は数十年間放置されていたようです。それを数年前から「日出」が改装に着手し、今年1月にオープンしたばかりです。
 台湾の人々の、こうした古い建物を再利用する心意気、手腕というものには毎度のことながら脱帽させられます。
b0199170_2323758.jpg

b0199170_2324266.jpg

b0199170_2324976.jpg

b0199170_232467.jpg

b0199170_233115.jpg

b0199170_233590.jpg

[PR]
by ritouki | 2012-05-03 23:01 | イベント

今日は何の日?

b0199170_4161116.jpg

 中華民国憲法を停止し、蒋家の権力独占、国民党独裁、世界最長の38年という戒厳令を可能にした「動員戡乱時期臨時条款」が廃止されたのは1991年5月1日午前0時のことです。

 李登輝総統の時代にこの臨時条款は廃止になりましたが、公文書を見るとその数日前、4月27日にはすでに李登輝総統が廃止に同意する署名をしていることがわかります。
[PR]
by ritouki | 2012-05-01 13:15 | イベント